収監者との文通 Oさんとの往復書簡

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前略
毎日暑い日が続きますが皆様はお元気ですか。先生からのお手紙7月25日に届きました。前回は精神的に不安定だった為にひどい内容になってしまい申し訳ありませんでした。
懲罰の方も「戒告」となって、新しい工場へと配役となり、新たなスタートとなります。正直納得はしていませんが、相手は私より頭の良い方だと思いますので、白を黒に代える事も出来る人だと思って我慢していきます。こんな場所に来なくてはいけない事をした私がバカだからいけないのだと自分に言い聞かせて我慢します。懲罰の話はこのくらいにしておかないと最後まで書いてしまい、またつまらない手紙になってしまいます。

7月22日より本科教育が始まりました。教育用のテキストとワークブックをもらって始まったのですが、テキストにも「病気」という文字が出て来ません。やっぱり刑務所内では病気を前提とした教育は出来ないようなので仕方ないと思います。カウンセラーの話によると、「私は病気という考え方は好きではない。生活に困る障害の方が良いと思う」というような話をしていましたが、「私たちの基本的な病名は性嗜好障害だと思うのですが・・・」と言いたかったです。
テキストを見ながらのワークブックをやって行くのですが、正直怖くなって来ました。それは自分の心の中にある何か解らないものを見つける作業のようで、全部解ってしまったら一体どんな事になるのだろうかと思いながら舎房に帰ってから記入しています。でも全部出してしまえば楽になるのかな・・・
私は4日間の準備プログラムの時、調査中だった為、元気が出なかったのですが、いつまで考えても国家には勝てないと考え直し本科ではなるべく発言をしていますが、他の人達もやっとエンジンがかかったようでした。
刑務所内の教育では時間の制限が有り一ヶ所で足踏みしている事が出来ないと思いますので復習を兼ねて先生に聞いて行きたいと思っているのですが、お願いします。先ず「静的リスク」・「動的リスク」の件についてですが、「静的リスク」は変化させられないものとありますが、もう一つの「動的リスク」の方は「考えや行動で変えられる」と書いてあるのですが、それは私たちが仕事でしているKY(危険予知)活動と同じ考え方で良いのでしょうか?毎日の生活の中で性加害の要因となる危険な芽を一つ一つ摘み取って行けば良いのでしょうか。
今私が一番気にしている事は、今回集まった6人ですが、この6人は性加害を行うスイッチまでに余裕がある人達の集まりだといいます。私の今までの犯行はちゅうちょしながらもの犯行でしたが、ほぼ毎日スイッチが入り放しでした。テキストに書かれているリスクの例題9問中5~6問は当てはまります。静的リスクを変えられないのにスイッチを切ったままにしておくのは可能なのでしょうか。最初から色々と問題が出て来ます。

本科教育が始まり4回目が終わりました。今回の教育で使うテキストとワークブックは各5冊づつ。けっこう速いスピードでやって行くようです。その為「独居で勉強しなさい」なんでしょうね。今日で7月は終わりましたが、8月の1ヶ月をかけて自分史の作成をします。それを皆の前で発表する事になります。舎房で自分史を作りながら教育を進めて行くので本当に忙しい教育です。
教育の中での話の途中で性依存症の自助グループの話題になり、関東の方にはあるような話が出て、こちらの方には無いような話でした。実際に中国地方には無いのでしょうか?実は私が出所後の再犯防止の保険として病院に通う話をしたところ、カウンセリング・自助グループは無いとの話でした。
もし「中国地方」(特に広島・山口・島根)にあるようでしたら教えて頂ければ嬉しいのですが、無理でしたら申し訳ありません。
アルコールや薬物とは話が違い過ぎだから無いのでしょうか。少しさびしいですね。

あまり色々書くと色々有りますので止めておきます。8月は6回の教育がありますのでその他の時間は自分史に力を入れて行きます。大石クリニックのカウンセリングにも自分史を作るような事があるのでしょうか?もし作るようでしたらよく頭に入れて行こうと思います。
教育での疑問が出たらまた手紙に書いてお聞きすることもあると思いますのでよろしくお願いします。そろそろ終わりにしますが、大石クリニックの皆さん、この暑さにバテないようご自愛下さい。残り1年7ヶ月頑張ります。

草々
鈴木達也様
平成26年8月4日出し O

<鈴木⇒O>

O様
前略
今年は冷夏か?と言われていたのですが、夏が来てみたらやっぱり猛暑、酷暑の毎日が続いています。そんな暑さの中、お手紙8月7日に届きました。独居の中で汗を拭きながら書いて頂いたのだと思います。本当にいつも有り難うございます。

処分は「戒告」だったそうですが、言いたい事を堪え忍んでの処分だったようですね。でも堪えるという事も更生に向けての訓練の一つと考えれば多少は納得できるのではないでしょうか?本当にこの世の中は矛盾という名のタテ糸と横糸で織りなされている織物のような物で、それに対して闘うべき時もあれば、グッと堪えて我慢しなければならない時もあります。今回の処分は我慢しなければならない時に我慢できるようにする訓練の機会だったのだと思えば気持ちも幾分なりとも和らぐのではないでしょうか?

再犯防止教育の本科が始まったそうですね。刑務所の教育では依存症を病気とする立場には立てないようだとのことですが、恐らくそれは、依存症が病気である事を事件や犯罪の口実や言い逃れとして利用してはならないとの立場から来ているものであり、それは確かに正しい考え方だと思います。「病気なんだから仕方なかった」と言って反省や償いを放棄してしまったら教育そのものが始まりませんからね。依存症を原因として犯した罪を真に反省し、決して再犯を犯さない為の方法を正しく模索するなら再犯防止教育を受けるという答えが出て来ます。そして、その「教育」という文字の裏側には「治療」という文字が書かれています。
私が19年前にアルコール依存症と診断され大石通院を始めて直ぐに思ったのは、「大石クリニック」とは病院というより学校ではないかという思いでした。治療プログラムの中身が依存症という病気の講義であり、また自分自身の過去を振り返り考える為のミーテイングだったから治療というより教育だという感じがしたわけです。逆に言えば、教育が治療とも言えるわけです。そんな治療である教育を受けながら私は心密かに大石クリニックを「大石医科大学」という別名で呼んでいました。そしていつしか、自分へのイメージが「アル中」と言うよりは「医大の学生」と思えて来て、それが錯覚ではあっても何となく気分が明るくなる思いがしたものでした。

静的リスク・動的リスクの件についてはそれぞれ具体的に考えれば分かり易いと思います。例えば、男の本能を暴発させて性犯罪に走ってしまう場合、自分が男であるという変えられないリスク、つまり静的リスクが原因となっています。通勤で電車に乗ると痴漢をせずにいられないという場合は通勤をバイクに変える事によって、つまり変えられる事によって痴漢を防止できるので動的リスクですね。お尋ねのKY(危険予知)活動は思考によって変えられる危険要素を探して安全策を講じる活動ですから、これももちろん動的リスクを探す活動です。
私、この二つのリスクの文面をに接して、思わずアルコール依存症の自助グループであるAAの「平安の祈り」を思い出しました。以前にもご紹介したかも知れませんが、こんな祈りです。

=平安の祈り=
神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものは変えていく勇気を
そして、二つのものを見分けるかしこさを

これは正に、静的リスク=変えられないものを受け入れる落ち着きと、 動的リスク=変えられるものは変えていく勇気、そして静的リスクと動的リスクをみわけられる賢さが自分に与えられるよう神に求める祈りだと言って良いでしょう。この力を本当に身につけられるなら、人生街道を前へ、前へと歩み続ける原動力となることでしょう。そして、この力を身につけるには、この祈りを実践し続けることだと思います。そして、それが出来る自分に気づくなら、それは今日を生きる勇気と、将来への大きな希望につながることでしょう。

お手紙で「静的リスクは変えられないのにスイッチを切ったままにしておくのは可能なのでしょうか?」とお尋ねですが、確かにリスク=危険性が変えられずに残り続けるわけですから穴埋めとしての動的リスクの改善が求められるのだと思います。上記の例で言えば、静的リスクである男の本能そのものは変えられませんが、その暴発を呼ぶ色々な誘惑、思考などは変えられる動的リスクですからそれを変えることで、性犯罪を防止できるわけです。

最後になりますが、お尋ねの性依存症者の自助グループとしては、AAの性依存症版としてのSA=セクサホーリクスアノニマスという自助グループが有ります。
SAの源流である AAは、今から79年前にアメリカで二人のアルコール中毒者ビル・ウイルソン(株式仲買人)とボブ・スミス(外科医)が巡り合い、互いに飲酒で苦しんだ体験を語り合う事で断酒に成功した時から始まり、その後日本を含む世界150ヶ国に普及しています。日本の断酒会も基本的にはAAの原理を踏襲しています。SAはその性依存症版で、AAの原理に見ならって性的依存行動を止めようという人々が集う自助グループです。
SAのミーテイングに参加を希望する場合は、出所後ネットで「SA・セクサホークスアノニマス」と検索して参加方法を調べて下さい。参加者のプライバシーを保護するために、ミーテイングの会場や日時は参加を希望する資料請求者のみに郵送で知らせるシステムのようです。 ミーテイング会場の概要についてネットで調べてみましたが、中国地方には残念ながら会場が無いようです。

それでは長くなりましたが今回はこれにて失礼します。真夏の猛暑が続きますので熱中症などには特に気をつけてお過ごし下さい。

草々

平成26年8月9日

大石クリニック相談員 鈴木達也