収監者との文通(Eさんとの往復書簡)

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Eさんよりのお手紙
大石クリニック相談員 鈴木達也様
前略
お手紙、ありがとうございます。
またホームページのリニューアルおめでとうございます。「はばたき文通」の名前もイメージとピッタリで凄く良いと思います。こちらこそ引き続きよろしくお願い致します。

最後の難関として本面接があり、それを受けた後、委員の方々が仮釈放しても良いかを話し合った上で許・否が判断されます。これを通過しなければ仮釈で出られる保証は一切ありませんので、安心できる日はまだ先になりそうです。出所に向けて一歩一歩進んでいるのは確かだと思います。通過したとしても、浮かれてしまい気を緩めてしまったり、足元をすくわれるかも知れないと考えると、今まで以上に気を引き締めて自分の行動や他の人への発言や気遣いにも注意して行かなければならないとも思います。
先月の上旬に仮面接を受けました。その中で私が感じている「被害者感情」と、世間一般の方が感じる「被害者感情」に大きな差を感じました。私は遊びの中で性加害をしていたので相手に対して「怖い」とか「気持ち悪い」という感じをあまり与えていないものと当時は思っていました。全ての被害者がそうであるわけではありませんが、相手から「触って、写真撮って」と言われたからそう思ってしまったのかも知れません。(現在、その考え方は間違っていたと思っています )世間から見れば、そんな事は関係なく、恐怖や触られている時の気持ち悪さから止めてと感じているという事になる。口で言わなくても、身体の反応や目で訴えているのに加害者が気付いていない一方的な暴力に過ぎないという事になるのかなと考えましたが漠然としてしか掴めていない感じがして、そんな私が相手の事を考えたり、気を遣う事が出来ないのも当たり前なのかなと考えるようになりました。本当はそれではいけないのですが・・・漠然とした考えや何も考えていないので相手を傷つけたり怒らせてしまう発言や行動をしてしまうのも仕方ないのかなとも思ってしまいます。今まで相手の事を考えていなかったから現在も変わっていない。変わろうとしても何かが足りないから結局元に戻ってしまう。どうしたら良いのか本当に分かりません。

今回のお手紙で、依存症治療の上での最大の落とし穴として『生活上の焦り』と書かれていましたが、焦りの理由としては「仕事が決まらない」、「忙しくて治療に行けない」、「治療の効果が薄くなった、得られなくなった」等でしょうか。どんなに焦らないと思っていても、自分の理想と現実の折り合いがつかなくなり、以前と同じ状態になってしまい、同じ行動をしてしまうという人が多いというのもあると思います。私もその中の一人になりそうですが、過ぎた事(犯罪以外に)、してしまった事は仕方ないと受け入れ、次は失敗しないようにしよう、時間調整してみようと試行錯誤しながらでも、次に活かせるように工夫して行きたいと思います。

季節の変わり目で体調を崩し易い時期ですので引き続き風邪等にお気をつけ下さい。体が資本ですので私も気をつけて生活して行きたいと思います。 お手紙お待ちしています。

草々

4月5日 E

Eさんへの返信
E様
前略
横浜の桜はもう殆ど葉桜となり陽春の時を迎えていますが、4月5日付のお手紙12日(土)の朝受け取りました。(金曜日が私の公休日なので昨日の11日に届いていたのだと思います)

先ずは、大石HPリニューアルへのお祝いの言葉を頂きありがとうございます。今回のリニューアルは8年ぶりで、この間に依存症の研究や治療法も大きく進展し、従来のHPでは時代に追いつけない内容となりつつあった為に完全に新しく作り変える形のリニューアルとなりました。その為に時間的には1年かかりましたが、逆に言えば1年かけねばHPを作り変えられない程に依存症医学と治療法が進歩している事を意味しており、Eさんも出所後の依存症治療に期待して頂ければと思います。

さて、今回のお手紙では「被害者感情」の掴み方にもう一つ漠然としたものを感じていると書かれていますが、被害者感情を掴む為にはどうしたら良いのでしょうか? お手紙の中でも「今まで相手の事を考えていなかったから現在も変わっていない。変わろうとしても何かが足りないから結局元に戻ってしまう。どうしたら良いのか本当に分かりません」と書かれていますが、足りなかったのは、相手の事を考えられる自分に変わる為の方法と実行だったのではないでしょうか? 方法が分からなければ実行しようがなく、実行がないから変わりようがなかったのではないでしょうか? 私自身を振り返っても、かつて毎日一升酒を飲んでいた頃は酒の止め方が分からなかったから止められなかったのだと今つくづくそう思っています。
では、相手の事を考えられる自分に変わる為にはどんな方法があるのでしょうか? 「相手の事を考えられる」とは「相手の立ち場に立って考え、その気持ちを理解できる」という事だと思います。その為に『被害者の立場で自分への手紙を書く』という方法があります。被害女性の立場に立って加害者たる自分に自分で手紙を書いてみるわけです。相手と合意で遊び感覚で行っていた行為についてはどう考えるべきかは私も分かりませんが、先ずは明確な犯罪行為として行っていた事件を振り返って被害者側からの自分への手紙を自分で書いてみると、少しずつでも「被害者感情」が分かってくるのではないかと思います。これは認知行動療法でも行われている課題ですので、良ければ一度やってみてはいかがでしょうか? 実際にそういう手紙を書いてみた元性犯受刑者の方から「あぁ、なるほどこんな方法があったのか !!」という声も寄せられています。

お手紙では又、「どんなに焦らないと思っていても、自分の理想と現実の折り合いがつかなくなり、以前と同じ状態になってしまい、同じ行動をしてしまう・・・」と書かれていますが、これについてもやはり、焦らない為の方法とその実行が大事だと思います。人間には思っただけで出来る事と出来ない事がありますよね。例えば、「手足を動かす」は「そうしよう」と思っただけで簡単に実行できます。しかし、「依存症者が病的依存を止める」となると、「そうしよう」と思っただけでは中々止められません。思っただけで依存や犯罪を止められるなら大石クリニックはこの世に存在しないでしょうね。同様に「焦らないぞ」と思っただけでは焦りを防止できず、やはり焦りを防ぐ方法が必要になるわけです。では、焦りを克服する方法は?ですが、私の経験を話しますと・・・
私は、失業したままアルコール依存症と診断され断酒治療を始めてから自立できる職に就くまで1年半の年月を要しました。この間の生活は?と言えば、父亡き直後の実家で母の世話になるニート暮らしでした。ですから初めの内は正直、焦りがなかったと言えば嘘になります。しかし、それを比較的短期間に克服できたのは、「アルコール依存症は断酒継続で必ず回復できる病気です」とこの頭に教えてくれた大石での専門治療(教育プログラム)と、それを生の声でこの心に教えてくれた回復している仲間達の姿でした。そこから得られた希望が焦りへの特効薬になったように思います。つまり、結論的に言えば、専門治療と治療仲間との心の支え合いが焦りを防ぐ方法であり特効薬なのだろうなと私は思っています。

今回は、「被害者感情」の掴み方、「焦り」の克服法について私なりに書いてみました。多少なりとも参考になれば嬉しく思います。
春を迎え、だんだん暖かくなりますが、花粉が飛び散る季節でもあるのでお体にはくれぐれも油断なくお過ごし下さい。それでは今日はこれにて失礼します。

草々

平成26年4月14日

大石クリニック相談員 鈴木達也