収監者との文通 Aさんとの往復書簡

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<A⇒鈴木>
前略
鈴木さん、かなり暑いですが如何お過ごしでしょうか?こちらは連日35度を超えており、非常に暑いです。風もなく、地形のせいか蒸し暑く、本当に参っています。
部屋に居ても、ただ座っているだけなのに全身の汗が止まらず何もする気が起きない日々を過ごしており、これではダメだと反省しています。ですが、暑くてボーっとしてしまうのです。
今年は夏になる前はエルニーニョ現象で冷夏の予報がありましたが、丸っきり反対の猛暑日の連続になってしまいました。あとは早く夏が終わるのを待つしかありません。私の感覚ですと横浜よりもこちらの方が暑い気がしますが、横浜も間違いなく暑いですよね。あと一ヶ月くらい暑さに負けぬよう過ごして行きましょう。

鈴木さんからの手紙に書いてあった「決意を本当に実行しようと思ったら、他人に宣言するのが一番効果的」というのはよく分かります。前に何かの本でこの方法を知り、それ以来活用しています。私が簿記3級、2級に合格出来たのも、ある意味でこの方法のお蔭かも知れません。
鈴木さんに送る手紙の中で、「次の試験には合格目指して勉強します」と書くと、不思議と自分の中に勉強しなくちゃという想いが湧き起って来るのです。人は何かの宣言をすることによって活力が漲って来るのです。なので、もし今資格の勉強をしている人が居たら、ぜひこの方法を薦めて欲しいです。私もこの方法を使ってギャンブル依存、窃盗などから離れることができればと考えています。
私の場合、帰る場所にバカラ賭博場が無いというのは前回の手紙に書きましたが、よくよく考えると、東京・横浜には数時間で着いてしまい、そんな簡単にはバカラ欲求には勝てないのでは?とも思い始めています。ですが、今回捕まるまでの8ヶ月という短い期間ですが、一度もバカラに行っていないという自信?もあり、大丈夫だという思いもあります。確かに8ヶ月というのは短いですが、自分の中では8ヶ月もバカラをしなかったと誉めているのです。
今度は8ヶ月以上を目指し、窃盗も同じ様に2度としない日々を送り続けて行こうと思っています。この小さな自信がとても大事だと思うのです。積み重ねが大きな自信となり自分の力になりギャンブル依存、窃盗からの脱却に繋がると思うのです。まずはバカラ欲求、窃盗への想いを断ち切る事から始めようと思います。

私の簿記1級の勉強ですが、最近では簿記の勉強をしているのか、金融商品の勉強をしているのか分からなくなって来ました。(笑) 投資については全くの素人ですので、覚えるのも大変です。一つ調べてもまた意味の解らない単語がでて来たりで勉強も遅々として進まないですが、焦らずじっくりと知識をものにして行きたいと思います。

今日も相変わらず暑いです。天気は晴れている訳ではありませんが蒸し暑いです。今も全身汗まみれです。右手の下にはハンカチを置いているので便箋が濡れることはないですが、左手を置いている机はびしょ濡れ、背中は汗が流れて気持ち悪いし、足も汗が凄くて座布団が濡れている状態です。
一番最悪なのは敷布団が汗で潮を吹いていることです。白くなっているし、蒸れて臭いのでもう本当に最悪です。暑さの愚痴はこれくらいにして今回はこの辺で失礼します。

まだまだ暑い日が続きます。こちらの来週の予想気温は35~36度です。お互いに熱中症に気をつけましょう。どうかお体を御自愛ください。では失礼します。
草々

平成26年8月8日(金) A

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<鈴木⇒A>
A様
前略
Aさん、こんにちは。というか、お暑うございます。8日付のお手紙14日に届きましたが、手紙に書かれているように本当に暑いですね。しかしそれにしても、そちらは連日の35~36度ですか、確かに横浜より暑い感じです。やはり地形の関係もあるのでしょうか?それと、やはり地球の温暖化も進んでいるのでしょうか? 先日の北海道の人からの便りによれば、工場の温度計がなんと39度にハネ上がっていたそうです。北海道でですよ!! これでは北極の気温もそれなりに上がって氷が溶けるのも無理はないとさえ思いました。
そんなわけで地球の温暖化も心配なのですが、そちらの汗の話にも、大丈夫だろうか?と思いました。熱中症は室内でも発症すると言われています。水分、塩分の補給が大事だそうですので重々気をつけていただきたいと思います。それと、大腸炎の方はその後いかがでしょうか? 食事は摂れていますか? 何だか心配し始めるとキリがなくなりそうなので、この辺で止めますが、とにかく体には注意して過ごしてください。

「決意の実行の為には人に宣言するのが一番」との話はAさんも既に実行して色々な成果をあげていたわけですね。
因みに古代ギリシャの哲学者アリストテレスは「人は自らが下した決断に相応しい人間になって行く」との名言を遺していますが、良い言葉ですね。これをAさん流に言いかえると「人は自らが決断して宣言した通りの人間になって行く」となるのかも知れませんね。
・・・・ん?・・・・だとすれば、もしかして、Aさんは将来、公認会計士にもなれるかも知れませんね。なぜって、Aさんはこの文通で「公認会計士を目指します」と何度も宣言していますから。私に対してだけでなく、大石のネット掲示板を通して全国の人々に向けても宣言しているわけですからね。これは頑張らなくてはいけませんよね。そして、この大きな目標を見失わない限り、それは、そこに向かう一つ一つの壁・ハードルを乗り越えるエネルギーともなることでしょう。即ち、公認会計士への夢が簿記1級合格やギャンブル依存症・盗癖の克服へのエネルギーとなることでしょう。

お手紙で、出所後の帰住地からバカラ賭博場のある東京・横浜まで数時間で行けてしまう。そこからくるバカラ誘惑に果たして本当に勝てるのだろうか?との不安も書かれています。他の誰でもないAさん自身がかつて体験していたバカラ欲求の強烈さを思い起こすからこその不安なのだと思います。「あの時のあのバカラ欲求に、これから先も生涯を通して100点満点で堪え切れるのだろうか?」、「一度くらいなら・・・とのの病魔の囁きを毅然として拒絶し続けられるのだろうか?」との想いが頭をよぎるのだと思います。そんな思いや不安に、「大丈夫、俺たちと一緒なら!!」と確信をもって応えられる一群の人達がいます。それは、ギャンブルへの病的欲求に対してスクラムを組んで抗し続け、10年、20年・・・とギャンブルを断ち続けているギャンブル依存症の自助グループの仲間達です。その仲間の絆による力こそが、依存症試験に合格する力になるというか、現に力になっています。生涯を通しての100点満点が要求されるという意味で公認会計士試験や司法試験よりも難しい依存症試験に合格させる力を仲間達が持っているわけです。
依存症の病根そのものはどんなに治療しても根治せず生涯のこり続けますので、仲間とのスクラムで対抗し続けないと、一人で頑張っていてもいつか、どこかで再び病気に捕まってしまうわけです。Aさんの場合8ヶ月間バカラ欲求を抑えていたけれど、今回の窃盗事件では、死んだふりをして実は生きていたバカラ欲求の根っこのエネルギーが窃盗欲求の根っこを刺激したのではないでしょうか?
因みに、私もアルコール依存症患者として19年間断酒を続け、今は大石の相談員として仕事をしていますが、今もって依存症は治ってはいません。もう良いだろうと一杯の酒に手をつけると飲酒欲求がネズミ算方式で増大し、再び過去のあの忌まわしい酒地獄のド真ん中に舞い戻ってしまいます。その意味で私は今もってアルコール依存症患者であり、アル中です。
バカラ、窃盗を断ち切った一日一日の小さな自信の積み重ねが大事だとのAさんの話は私も全くその通りだと思います。そして、その一日一日を保証するのが仲間との絆であり、仲間の顔だと思います。Aさんの頭に「新幹線に乗って東京・渋谷に行って・・・」との思いが浮かんだ瞬間に「ヤバイ!!」と思って仲間の顔を思い出すと、「まさか行けないよな!」という思いになれるんです。不思議と自然にそういう思いになり、冷静さを取り戻せるんです。仲間にはそういう力があるんですね。窃盗についても同様の事が言えます。どうしてなんでしょうね?世の脳医学者にそういう時の脳の動きのメカニズムを科学的、医学的に解明して欲しいと思うくらいです。そうすれば、もっともっと多くの依存症者が確信と希望を持って自助グループに参加できると思うんですけどね。

<なぜ自助グループで依存を断ち切れるのか?私なりの推察>
アルコールの場合には、依存症者がビールの泡を目にしただけで脳内の側坐核という色々な指示・命令を出す組織が刺激を受け飲酒命令を出すそうです。以下は私の推察なのですが、その時に自助グループの仲間の顔を思い出すと心を安定させるホルモンであるセロトニンが分泌されて側坐核の飲酒指令を抑えるのではないのかな?と推察しています。脳医学のド素人である私の推察ですが、私は敢えてそれが真実だと信じて自助グループ・断酒会の仲間と共に断酒を継続しています。そして、多分バカラや窃盗欲求においても同じ事が言えるのではないかと思います。・・あくまでも素人の推察ですが、そう考えれば自助グループにも繋がり易いのではないでしょうか?

今日は色々長々とクドクドと書き連ねてしまい申し訳ありませんでした。でも、患者時代、相談員時代を通算して19年間依存症治療の現場に身を置いてきた私の実感として受け止めていただければ嬉しく思います。

それでは長くなりましたが今日はこれにて失礼します。繰り返しになりますが、熱中症と潰瘍性大腸炎、くれぐれも油断なく、お体を御自愛ください。

草々

平成26年8月17日
大石クリニック相談員 鈴木達也