収監者との文通 Aさんとの往復書簡 H26/10/27

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<A⇒鈴木>
前略
鈴木さん、如何お過ごしでしょうか。暑い夏も終わり涼しくなり、過ごし易い秋になりました。

さて、今年も運動会が実施されました。今回私は競技には参加せず、応援に力を注ぎました。昨年は私達のチームが優勝したので今年も優勝を目指して頑張りましたが惜しくも2点差で3位でした。最終競技までは1位だったので悔しさも大きいです。来年は悔しさをバネにして優勝を取り返したい思います。この後は将棋大会、卓球大会と続くので、そちらを頑張りたいと思います。

お手紙の内容ですが、「決断」という意味には「実行」という意味が含まれているとの事。確かにその通りだと思います。私の場合ギャンブル、窃盗については止め続けるという決断はずっと実行し続けるのは当たり前ですが、公認会計士に合格するという決断は実行できるか不安です。それは超難関な国家試験だからです。私は大学で専門的な事は習った事はないし、基本的に頭が良い分けではないので本当に合格できるのか全く自信がありません。でも私が今後真面目に生活を送っていく為には何かの目標が必要だと思うのです。簿記の勉強を始めて3級、2級と合格していく内に会計って面白いな思い現在1級の勉強中で、その後に会計士に合格できて仕事に活かせたらと思っています。
前回の手紙にも書きましたが、出所後3年間は資格者にはなれないので、その間に学習して50代で独立出来たら良いなと将来に向けて思っています。「継続は力なり」 を信じて進んで行こうと思います。

外ではカジノ法案を巡り様々な議論があるようですが、私的には日本経済の事を考えると必要なのではと思っています。アングラカジノと認可を受けたカジノでは全然違うと思うのです。ギャンブル依存症の私が言うのも変ですが、認可を受けたカジノバーではアングラカジノより嵌まらないと思うのです。ラスベガスや韓国のカジノも経験していますが、やはり日本のアングラカジノの方が全然楽しいです。何が違うの?と訊かれると、うーん?と悩んでしまいますが、とにかく違うのです。
なので国が思ってる程ギャンブル依存症が増えると思えないし、アングラカジノに嵌まっている常連の依存者達も国の方へ流れていくとも思えません。
その前にパチンコの方を何とかしないといけないのではと思いますが、他のギャンブル依存症の仲間はどう思っているのですかね。私はこんな風に思っているので、国がカジノをオープンしても私のバカラ依存の治療にはさほど影響はないと思っています。
むしろ怖いのは、横浜や渋谷、六本木。そういう所に行った時にバカラの誘惑との闘いに勝てるかどうかです。負けない為には大金を持たないなどの自己防衛がとても大切だと思います。そういう意味では大石クリニックは非常に難しい位置にあります。でも、大石の帰りは関内方面には歩かず、大石の出口=地下鉄・阪東橋駅の入口から地下ホームに降りてしまえばと思います。でも、カレーのアルペンジローには寄りたいですが(笑)
今度こそ、大石クリニックに通う予定ですが、私の帰る場所から大石までの距離を考えるとそう頻繁には通院できないと思うのでバカラの誘惑にも勝てそうですが、美味しい料理のお店の誘惑には勝てそうもありません(笑)と、まぁ食べ物の事ばかり考えていますが、食欲の秋という事でどうか御容赦ください。

これから本格的に寒くなっていきます。風などひかぬ様、お体を御自愛ください。では失礼します。

草々

平成26年10月19日(日) A

追伸
報奨金を4千円以上もらえるようになったので小説を買い始めました。今は海堂尊に嵌まっていて全部買いそろえようと思っています。単行本と文庫本を合わせるとあと4冊程で全部揃います。
鈴木さんは読んだ事ありますか。なかなか面白いですよ。読み易いし。次は湊かなえにしようか悩んでいます。もし面白い本、オススメの本があったら教えて欲しいです。

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<鈴木⇒A>
A 様
前略
早いもので10月ももう下旬を迎え、秋も深まる中、毎月楽しみにしているお手紙が22日に届きました。いつも有り難うごいます。運動会はちょっと残念な結果だったようですが、次なる将棋や卓球の大会に向けて闘志を燃やしている姿を目に浮かべながら読ませて頂きました。それと、伊勢佐木町のカレーの店の話に食欲と健康の回復を感じて安心しながら嬉しく思いました。

さて、今後再犯の無い真面目な生活を続ける為に、公認会計士試験合格を目標として努力したいとの文面に改めてAさんらしさを感じ、嬉しく思いました。
但し、前回の手紙にも書き、又Aさん自身も自覚されているように、この国家試験は数ある国家試験の中でも有数の超難関試験である事は間違いありません。先ずはそれを直視して、途中で挫折しないように、覚悟というか決意を固め、目標達成までのプログラムを立てた上で、受験への努力を継続する決断をする必要があると思います。
そこで先ず同封の別紙~⑤をご覧ください。この試験の受験資格として確かに学歴は不問なのですが、合格の為にはやはり全国の一流、名門と言われている大学出身者に負けない学力が必要な事が述べられています。しかし、だからと言って最初から諦める必要はありません。Aさんが刑務所という厳しい勉学環境にありながらも独学で簿記3級、2級に合格したのも会計士を目指すという目標が励みになっていたからでしょう。その励みは又、1級合格に向けての今の努力をも支えているのだと思います。ですから公認会計士試験がどんなに難関であろうと、その合格に向けての目標は堅持し続けて頂きたいと思います。
そして、もう一つ、公認会計士への目標から目をそらし挫折する事のないように、別紙⑥~⑧をお読み頂きたいと思います。これは公認会計士試験講師である石井和人先生による高卒合格者である市ノ澤翔氏へのインタビュー記事です。もしかしたら、外にいた時にネットでこのサイトを見ているかも知れませんが、何度読んでも心の支えになると思いますので同封します。このサイトは、前回の手紙に書いた物凄い名前の大学を出ていなくても、その他の一般の学卒者でもない地方の高卒者であっても、努力と勉強の仕方次第でこの超難関資格を手中にできる事を事実で教えてくれているように思いますので、是非熟読して頂ければと思います。インタビューの最後の方でのI氏の話が凄く印象的でした。家族や周囲の人達に「自分は絶対に受かる。落ちるわけがない」と宣言し続けたそうですが、どこかで聞いたような話ですね(笑)その時の周囲の反応には私も一人でつい爆笑してしまいました。爆笑の中身は別紙をお読みください。

お手紙の中で、横浜や渋谷などに行くとバカラへの誘惑が怖いと書かれています。確かに依存症の治療では「危ない所に近ずくな」とよく言われています。しかし、アルコールやパチンコ依存などの場合には家から一歩外に出ただけで周囲はもう危ない所だらけです。都会では家から数分も歩けばどこにでもコンビニがあり、そこではアルコール飲料が売られています。ちょっと駅前の繁華街に出れば探さなくてもパチスロ店が目に入ります。ですから、アルコールやパチンコ依存症の治療は、「日常的な誘惑とどう闘うか?」を専門家や治療仲間の闘いから学び、それを実践して誘惑に勝ち抜く中で進められています。そういう誘惑との闘いが無いとどうなるか?ですが、例えばよくある話なのですが、アルコール依存症者が3ヶ月入院して飲酒誘惑と闘う必要のない、ある意味での温室の中で楽な断酒生活を送ると、もう大丈夫と錯覚して退院する事があります。すると退院した病院から自宅までの道でハシゴ酒に陥ってしまうという例が決して珍しくはないんです。酒の誘惑から遮断されていた病院(温室)から一歩外に出たとたんに病気が目を覚まして飲酒の誘惑に乗ってしまうわけです。
ですから、「危ない所に近づかない」努力も安全の為に確かに必要なのですが、同時に日常生活の中で避けられない誘惑と有効に闘いそれに打ち勝つ力をつけるというのも治療であり、それが真の回復につながります。Aさんの場合には、大石に通院しながら関内方面から漂って来るバカラの臭いに打ち勝つ方法を治療で学び、それを実践することが治療になるのだと思います。窃盗についても同様の事が言えます。
ここで一つのシュミレーションをしてみましょう。Aさんがバカラの無い地方の町で3年間バカラから離れて仕事をし生活したとします。そして3年後のある日、公認会計士試験か、他の何かの用件で東京に行かざるを得なくなったとします。久々の東京に出て用件を済ましてホテルで一泊し、明日はまた田舎に帰り、当然バカラの無い生活が続けられる「筈」だとします。その時、Aさんの心の中に眠っていた病気が目を覚し「今日ぐらい良いではないか!!明日から田舎暮らしなんだから」と甘い囁きを投げかけて来ないでしょうか? うっかりその囁き声に乗ってしまうと、勝っても負けても、次への欲求が芽生えます。たとえ少額の賭け金で終えられたとしても、「この額で抑えれば良いのだ」との思いが次の欲求を呼びます。そして結局は病的欲求が目を覚まし、そして覚し続け、暴れ始めるのが依存症という病気です。Aさん自身も前の手紙に書いていたように、東京・横浜にはその気になれば新幹線で簡単に行けてしまう時代です。・・・そして待っているのは以前のバカラ・ギャンブルの底なし地獄となりかねないわけです。この依存症再発への流れはアルコール依存症者である私自身も「バカラ」を「酒」に置き変えて忘れないようにしたいと思っています。

今日は、公認会計士試験の件と、ギャンブル依存症治療の問題について書きました。両方とも大事な問題だと思うので、これ以上他の事を書いて二つの問題が霞まないように、今日はこの辺で終わりにしたいと思います。

草々

平成26年10月27日
大石クリニック相談員 鈴木達也