収監者との文通 Nさんからの手紙

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収監者との文通

Nさんからの手紙

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前略
 鈴木先生、お手紙有り難うございました。今まで人と文通をした事がなかったので、正直手紙を継続する事が出来るか心配していたのですが、今は鈴木先生からの返事の手紙楽しみで待ち遠しくなっています。いつもいつも私の為に内容を考えて下さり有り難うございます。今後とも宜しくお願いします。
 一生涯、精神病院と言われると中々ひどいですね。「何故、自分がこんな所に入らなければならないんだ !! 」といった気持になって、回復はみられなさそうですね。30年前は想像し難いですけど、このお話を聴かせて頂いて、治療を受けるのが今の時代で良かったと思いますね。治療を受ける上で良い時代に生まれ合わせたことを両親に感謝しながら、それをプラスに考えて行こうと思います。まずは、これは病気で必ず治す事が出来るという事を何回も自分に言い聞かせて、モチベーションを上げていく事から始めてみる方がよいでしょうか。
 鈴木先生のお話を聴かせて頂いて有り難うございました。先生の話は実体験の為か非常に解りやすく、共感出来る所もたくさんありました。私も一度自分を甘やかしてしまったっばっかりに、それが仇となりズルズルと続いてしまいました。私は「原因と結果」を考えた時、この一時の甘えが原因となり、悪い結果をもたらしてしまったのではないかと思います。始まりに原因があったように、終りに向かう為の切っ掛けが必ずあると信じています。それが先生のお話を聴いて確信に変わりました。私も先生の様に成功者の一人になりたいと改めて思いました。
 一つ、先生に質問させて下さい。黒い花を咲かせない為に先生が考える「頭に入れておいた方が良い秘訣」は何か有りますか?もしよろしければお教え下さい。

 それでは今日はこの辺りで失礼致します。暖暑がつづいておりますが、強い陽射しにまけずに過ごしていきましょう。
                      草々
                       N
      

Date: 2013/06/19/23:39:45 No.921

Re:収監者との文通

Nさんへの返書

N様
前略
 お手紙、有り難うございます。文通を続けて行けそうとの文面を私も嬉しく読ませて頂きました。「継続は力なり!」と言います。再犯の無い明るい人生に向けてこの文通を継続して行けるよう、私も微力ながらお手伝いさせて頂きたく思いますので、改めて宜しくお願いします。
 
 ご理解頂いたように、「生涯、精神病院!」というのは、今や昔話です。性依存症も適切な治療につながり、回復を信じて、途中で治療を諦めなければ100%の患者さんが病気を克服できると私は信じています。前回にも書いたように、生涯残り続ける病気の根っこから黒い花が咲かないように努力を続ける事で結果的には根治と同じ生活を送れますので、その事に確信を持って治療を続けて頂ければと思います。この確信が大事です。自分も、回復している多くの仲間と共に回復できるとの確信が不安を除去して治療継続の力になります。
 
 お尋ねの「生涯にわたって残る病気の根っこから『黒い花』を咲かせない秘訣は?」についてですが、まずは専門治療に繋がる事を前提として、その上で自分自身の治療を楽しむ事だと思います。心を無意識の内に性的問題行動や犯罪の方向に漂流させる、回復への最大の敵は、何もする事が無い退屈な時間、空白の時間です。その空白に危険な性的誘惑が侵入しないように、他の安全な何らかの楽しみで空白を埋める事が大事です。大石の依存症教育ミーテイングでは、それを「いかりの綱」と言っています。船が風や潮流にによって危険な海域に漂流しないように海底に「いかり」を降ろすように、心が誘惑に流されて問題行動や犯罪の方向に漂流しないように心を安全圏に留め置く為の、趣味、その他の楽しい建設的な行動を治療の場で「いかりの綱」と言っています。さて、Nさんの再犯を防止する「いかりの綱」は何でしょうか?
<「いかりの綱」:私の体験談>
 私も断酒を始めた当初、先ずはこの問題に直面しました。何せ、断酒を始める前日までの約5年間、毎日毎日、朝・起きてから夜・寝るまでの四六時中、この体にアルコールを流し込んで、一日一升の酒を飲んでいたわけですから、何もする事のない退屈な時間を飲まずにどう過ごせば良いのか?が当面の差し迫った問題となったわけです。その答えのヒントとなったのは、ある日の病院でのミーテイングでの「あなたのプラス思考は?」とのテーマでした。
 そこで自分なりに「失業中で生活を実家に頼りながらアル中治療に専念していた自分」をプラス思考でどう見るかを自問自答してみました。その答えは「これは第二の学生時代ではないか !!」でした。迷惑をかけている実家の母には申し訳ないけど、学生には卒業・自立への道があるので「オフクロ、卒業までしばらく勘弁してくれな」と、心でつぶやきながら思い出したのが学生時代に専攻した文学部のドイツ文学・ドイツ語でした。そこから思考の連鎖が始まりました。

「ドイツと言えば、言わずと知れたビールの国、さぞかしアル中さんも多いだろう」 
⇒「ドイツ語と言えば誰しもが医者のカルテをイメージするほどの伝統的な医学の国」
⇒「しからば、ドイツのアルコール治療は?」
⇒「それでは、昔とった何とやらで
ドイツの誌紙類にそれを探ってみようか !!」

と思考が連鎖して、中年学生の独語翻訳が始まりました。机の上の真ん中に当時の旧式ワープロ、その左にドイツ誌原文、右に辞書、そして私は捻りハチマキといった格好での2度目の学生時代が始まったわけです。・・・そしたら、ドイツのメデイアは私の期待に見事に応えてくれました。ドイツの紙誌類には、当時の日本ではまだ殆ど知られていなかった記事が沢山掲載されていました。酒依存症による酒を飲みたいと思う気持ちを抑える薬とか、日本の2倍の成果をあげている断酒治療とか、・・・そんな当時の日本では信じられなかったような記事の内容を周りの治療仲間に話したり、自分で作った翻訳のパンフレットを渡したりしてずいぶん喜んでもらいました。それはお金にはなりませんでしたが、本当に楽しい作業であると同時に、飲酒への誘惑や欲求を私の頭から追い払ってくれました。それはまた、現在の大石での仕事にも役立っています。
 当時、「いかりの綱」という言葉は治療の現場にまだ登場していませんでしたが、今振り返ってみると、あの道楽翻訳が私にとっての事実上の「いかりの綱」になっていたと思います。
 以上が、「いかりの綱」に関する私の体験談なのですが、参考になりましたでしょうか? Nさん自身の過去の勉強や仕事、趣味・・・等々の中にNさんなりの「いかりの綱」となり得る何かが隠れていないでしょうか?先ずは楽しみを見つける過去への旅を楽しんでみるのも良いのではないかと思います。

 お手紙に書かれている、始めと終りのそれぞれの因果律の話も興味深く読ませて頂きました。初めの甘えが原因となって依存症という結果を招いたのだから、治療という原因も回復という結果に繋がるに違いないとのNさんの確信に拍手をおくります。この確信を忘れずに歩み続けられるよう期待しています。

 長くなりました。この辺で失礼したいと思います。梅雨明けの前に夏が来たような感じで、全国的に熱中症の広がりが伝えられていますので、お体にはくれぐれもお気をつけ下さい。
                      草々
         平成25年6月20日
          大石クリニック相談員 鈴木達也

Date: 2013/06/20/14:33:07 No.923