収監者との文通(Mさんとの往復書簡)

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<M⇒鈴木>
前略
お手紙ありがとうございます。
日々の様々な心の格闘や克服に対する意志の強さ、努力。私も見習わなくてはいけません。鉄の意志は自分だけではなく、私の周りの方々の為にも守らなければならない。私一人で生きている訳ではない。そう思えるようになりました。
一日一日を確実にコツコツ積み上げて行こうと思います。ここまで自己改革するぞ ! と挑戦して来たが、実行する難しさを感じます。 いきなり人が変わるという事はできませんが、「あっ、今やってしまった、次は変えてみよう」とそう思えることで少しずつ変化があるのは肌で感じています。焦らずこのまま続けたいと思う。

話は変わりますが、今回こちらの生活で残念な事がありました。私が働いている炊場での事で、物が無くなってしまい、私の班での事だったので班長の私が責任者として調査になった。個人的なミスはないものの、もっとしっかりと責任を持って作業しなければいけなかった。私は班長であるので気を張って注意し、今度こそ、今後このような事が起きないように皆に話し、個々に責任ある仕事をしてもらおうと思う。今回は厳重注意となり元通り炊場で働くことができます。
一つのミスが全体の責任になり大変なことになってしまう。今まで築いてきたものが全て無駄になってしまう恐れがある。注意しなければならない。今ではこれを機に身を引き締めて作業している。私の班では、物が無くならないように工具係を決めたり、休憩前に必ず物や食材の確認、何か落ちていたり、ゴミなどで汚れていないかチェックするというルールを作り、安全衛生を守る事を実行している。今回を教訓に、その他の事故やケガも無いように気を付けたいと思う。
ただ工場に戻ると、皆が一人一人私に声を掛けてくれ、心配してくれた。私の責任になってしまった事を謝ってくれた人もいた。凄く嬉しかった。班長は大変で、嫌な役もやらなくてはならない時もあるが頑張って続けて行こうと思う。
日々の仕事で慣れや、やっつけ作業になってしまう時もあったり、ミスにミスを重ね、急いでやって更にミスをする恐ろしさ。一人一人は良くやっていても、全体がまとまっていないとバランスが悪く遅れてしまったりする。流れ作業でないので注意点は多いし、集中力も大切な作業。これからもっともっと頑張ろうと心新たに思った。今回このような事が起きてしまい、とても残念なことでした。一歩一歩進んでいても一つのミスで全てを失う恐ろしいこと。気をつけます。

こちらも冬の寒さから春の暖かさになって来ましたが、季節の変わり目なのでくれぐれもお体を大切にお過ごしください。では失礼致します。
草々

<鈴木⇒M>
M様
前略
横浜の桜はもう完全に葉桜となり、季節はすっかり春で、暑くもなく寒くもない過ごし易い日々を迎えています。そんな中、お手紙12日に届きました。いつも定期便のように届くお手紙を嬉しく拝読しています。今回は4通の同時到着で、他の色々な仕事や私生活などと並行させながら、1通ずつマイペースで返事を書いていますが、これが自分自身の勉強というか、私自身の生涯の病気である依存症の治療にもなっており深く感謝しております。

さて、仕事場の炊場で物の紛失事故が起き、班長としての責任を問われ厳重注意処分を受けられたとの件ですが、それはプラス思考で考えれば、班長であるが故の試練であり、従って社会復帰に向けての一つの訓練を受ける事ができたとも考えられるのではないでしょうか。
私が何よりも嬉しく思えたのは、工場に戻ったMさんに皆が暖かい声をかけてくれ、中には自分たちの責任まで背負わせてしまってと謝ってくれた人までいたとの話です。それは、日ごろ世話になっているMさんに、今度の件で期せずして示された仲間の心であり、言葉だったのだと思います。それは同時に、Mさんが入所以来自主学習ノートなども作って日々の努力で積み重ねて来た自己変革の努力の賜物(たまもの)だと言って過言ではないと思います。
お手紙の中で 「あっ、今やってしまった、次は変えてみようと、そう思えることで少しずつ変化があるのは肌で感じています。焦らずこのまま続けたいと思う」と書かれていますが、そういう今日までの一つ一つの努力の積み重ねが今回の工場の人達の声に反映しているのでしょうね。そういう努力の継続が、いずれ更に大きな実となり、もっと美しい花を咲かせることでしょう。それは依存症治療ともあいまって、再犯のない生活を土台としたMさん本来の人生となることでしょう。

お手紙の冒頭で 「日々の様々な心の格闘や克服に対する意志の強さ、努力。私も見習わなくてはいけません」 と書かれていますが、前回にも書いたように 「依存症克服への意志」とは、「ただガムシャラに一人で依存欲求をガマンする」意志ではなく、それより百分の一、否、千分の一容易な「欲求を抑える方法」を実行する意志、つまり治療を継続する意志なのだと思います。変な話に聞こえるかも知れませんが、、私はアルコール依存症なのに飲酒欲求を我慢したという記憶がありません。それは治療と仲間の力に支えられて飲酒欲求が抑えられているから、つまり、飲酒欲求が発生しないからそれをガマンすることもないわけで、アルコール医療と断酒仲間に心から感謝しています。

季節は春へと向かい、段々暖かくなって来て暑くもなく、寒くもない過ごしやすい時期を迎えています。でも決して油断なくお体をご自愛ください。それでは、次のお便りを楽しみに今日はこれで失礼します。

草々
平成26年4月15日
大石クリニック相談員 鈴木達也