収監者との文通:Mさんとの往復書簡 H27/6/8

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<M⇒鈴木>
前略
 本当、最近暖かくなって来たのは良いのですが、湿度が高いので私の働いている炊場では最も危険な食中毒が恐ろしくて常に気をつけて作業しています。
 段々と夏も近づいて来て蒸し暑い時もあり、集中力と体力が必要です。気合を入れて確実に日々作業しています。もちろん休憩中は運動したり、皆と話したりしてストレスを発散してリフレッシュしています。
 炊場に来てから間もなく3年、来て直ぐ火傷をしてしまいましたが、何とかそこから立て直し、5月で2年半の無事故賞を頂き、ここまで無事に過ごせて来れました。私一人では決して達成できる事ではなかったと思います。皆のお蔭です。

 以前に比べると、人員も減り仕事内容も増え忙しくなって来ましたが、良い事もあり、皆で協力し合ってやってくれています。以前は皆がギスギスしていて、嫌なら出て行け! ちゃんとやれ! といった感じで悪く言えば昔風の感じでした。でも以前は一人一人が言われなくても気を使い、前もって準備したり、自分から動き、人に言われる前にやってやろうと思って行動できる人が多かった。
 今は言う人が減り、仲は良いが、その辺りができず、言われるまでできないとか、人任せにしてしまう事が多いので作業の始めが誰かのミスを直す所からスタートになっている。今の作業の目標はミスの無い確実な仕事をすること。私はこの炊場でもう2番目に古い立場。順番的には上から2番目。全体を見なくてはいけないので、昔の良い所はマネをして、悪い所を除き、そして今の良い所を伸ばし、悪い所を直したいと思っている。皆も今のままではいけないと思ってくれているので協力して行ければ良いと思っている。
 油断はしていないが、慣れなのか、当たり前の事が当たり前の様にできない事がある。一つ一つしっかり見て、見直して行きたい。もう少しだけでも高い意識を持って働き、最低限ミスを無くして行きたいと思う。ここでの仕事は大変だけどやりがいもある。他の仕事と違うのは、当たり前だけど当たり前の様に雑にやっているとミスばかりになってしまうし、事故も発生する。違う意味での当たり前の事を当たり前にできるようにしたい。それには皆の協力もいるし、先ず前提条件としては、意識がいつも一緒でないといけない。これをつくるには時間が掛かるが諦めず一つずつ前進して行きたい。焦らず確実に、 でも、今では仕事面で心配なく過ごせているので引き続き集中して行く。その他の生活も充実している。運動もよくしていて、皆で筋トレや走ったり卓球をしたりしていて体力も落ちていない。
 唯一つ勉強だが、これも少しずつはできていると思う。前は、1+1は2の答えしかないと思ってばかりだったが、今は少しずつ増え、5-3も2だとか、2×1も2というように、ちょっとずつ視野が広がってきて、理解力も上がって来た。まだまだだけど。

 暖かくなって来たので体調も良いです。この調子で引き続き過ごして行きます。このところ箱根の様子が気になります。天才は恐ろしいです。十分気をつけて下さい。どうかお体をくれぐれも御自愛下さい。では又。
                                                                       草々

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<鈴木⇒M様>
前略
西日本に続いて横浜でも6/5に梅雨入り宣言が出され、蒸し暑い曇天、雨天の季節を迎え、ちょっとうっとうしい感じの昨今ですが、そんな折りの6/8にお手紙が届き嬉しく拝読しました。いつも本当に有り難うございます。 
 お手紙によれば、仲間の皆さんと話をしたり、筋トレやランニングなどの運動をしたりしながらストレスを解消し元気で過ごされているようで何よりの事と安心しつつ嬉しく思っています。
 
さて、今回のお手紙では炊場の班長として、又ベテランNo.2として仕事場を束ねて行く努力について述べられています。本当に生まれも育ちも、又個性も違う人達を一つの仕事と一つの目標に向けて束ねて行く仕事の大変さは口で述べたり、文字に書く以上の困難さがあるものとお察しします。私など、職場の組織的な作業ではずーっと束ねられる側にいたので束ねる側の経験はしていないのですが、それでも束ねる側の苦労というのは頭で思うだけでも大変だろうなと本当にそう思います。
 私の場合、生来の性格の為せる業なのか、集団作業で周囲と歯車を合わせて仕事をするのが苦手で随分と苦労しました。周囲との関係で自分が今何をすべきなのかに確信が持てず、この仕事に手を出したら同僚の仕事を奪ってしまうのではないか?などという遠慮深さ?も働いて中々仕事に積極的になれない面もありました。ですから周囲や上司から「こいつ、やる気があるのか?」と思われて怒られたり、本当に同僚からブン殴られ事さえありました。
 ですから、一人で1から10までの全ての仕事を任せられる仕事場を探しては自分から志願してそういう職場に飛び込んで行ったものでした。もちろん一人で全ての責任を負わねばならない大変さはありましたが、周囲を気にせず一人で存分に仕事ができる事に喜びを感じていました。ですから、私は今こうして全国の17人の皆さんとの文通を一人で背負って、毎日のようにポストに手紙を投函する仕事を7年間継続してきていますが、辛いと思った事は一度もありません。多分、精神科医である大石院長は私のこういう性分を読み取って私にこの仕事を続けさせてくれているのではないかなと思います。
 ですから、組織の上に立つ者には、部下の表面に見える姿の裏側を読み取り、それに対応した接し方や指導が求められるのではないかと思い、やはり大変だなと思います。一見やる気がなく、仕事が雑な部下がどうしてそうなのかの答えを探し出し、それに正しく対応する必要があるわけです。お手紙の中で、「2」という数の裏側には1+1だけではなく、「5-3」とか、「2×1」とか、色々な経過があるという意味の事を書かれていますが、これは素晴らしい気づきであり発見だと思います。「やる気の無い奴は去れ!!」と一刀両断にするのは簡単ですが、一人の部下のそういう姿にもその裏にはいくつもの可能性があり、「一見やる気が無いように見える原因は何で、どうすれば積極的に働けるようになるのか?」を本人との心の触れ合いを通して読み取れる上司になれれば理想的なのだろうなと思います。これも「言うは易し・行うは難し」で中々難しい事だとは思いますが、その為の努力を続けその心が部下に伝わるだけでも部下からの限りない信頼を得られるのではないかなと思います。

 

では次回のお手紙を楽しみに今日はこれににて失礼します。

草々

平成27年6月10日記

大石クリニック相談員 鈴木 達也