収監者との文通:Aさんとの往復書簡 27/4/28

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<鈴木⇒A>
A様
前略
 Aさん、こんにちは。今日は「公認会計士試験」合格に向けて、私に可能な範囲でお手伝い出来ればとの思いで手紙を書き始めました。

 先ずはこんな話から入ります:ある文通者からの手紙で、自分は高校時代にラグビー部に所属していて、ある時テレビで「ノーサイド~91歳の青春・北島忠治物語」という映画を見て、北島忠治監督率いる明治大学ラグビー部の「前へ」の精神に感動したとの話をしていました。その後社会人になり、世帯をもったまでは良かったけど妻との性的不調和から性依存症へ、そして性犯罪へと走る過程でいつのまにか「前へ」の精神で人生を切り拓く心をすっかり忘れていたけれど、今こうして受刑生活を送り再犯防止教育なども受ける中で「前へ」の心を思い出し、更生・社会復帰に向けてどんな困難にも負けない「前へ」の精神で歩み続けようと決意したとの文面の手紙をもらいました。
 実は、明治大学は私の母校でもあるのですが、この「前へ」の精神はラグビー部のみならず明治大学という学校全体の校訓となっています。何故そうなったのかと言うと、この大学は決して秀才や天才が集まる大学ではなく、どちらかと言えば第一志望校への夢破れて止むを得ず入学して来たという学生が多いんですね。しかし、だからと言って劣等感に虐げられて絶望の淵に沈み込むこともなく、しからば人生の次のステージでのリベンジを思いに燃え4年後の就職や各種国家試験・資格などに挑戦する学生も多いわけです。「前へ」のスローガンがそういう学生達の心を奮い立たせ、それが校訓に繋がったようです。それで例えば「公認会計士」試験でも、さすがに慶応、早稲田、中央といったトップクラスには及ばないものの、それに次ぐと言って良い合格者数を毎年輩出しています。つまり、明治大学には「前へ」という校訓と共に「敗者復活」DNA遺伝子が伝統的に生き続けているように思います。ですから、20年前に私がアル中ドン底状態に陥った時にも、私の頭か心のどこかに残っていたそんな明大遺伝子が私を支えてくれたから今日までの人生を歩んで来れたのかも知れないと思っています。そんな遺伝子をAさんにもお裾分けできればと思ってこの手紙を書いています。
 そんな私が先日、Aさんの想いに誘われる思いでネットで公認会計士関係のサイトを検索していたところ『公認会計士試験一発合格のノウハウをマル秘伝授』という大手専門学校(クレアールアカデミー)提供のサイトを見つけました。私も興味をもってそのサイトを開いてみたら、それは大学入学時に簿記3級の勉強から始めて大学3年の夏に初めて受験した公認会計士試験(論文試験)に一発で合格したという現役学生が自分の2年半の勉強体験を語り一発合格のノウハウを伝えるという45分間のセミナーでした。その合格学生はこの試験に挑戦した最初の動機として「自分は大学入試に失敗して、あまり頭の良くない大学に入り、その口惜しさからリベンジする道として公認会計士への勉強を始めました」と述べていました。それで私は「ハハーン、我が後輩氏か?」と思ってその学生のプロフィールを調べて見たら、やはり案の定で明治大学経営学部3年の現役学生で、「やはり明治らしいな」、「あまり頭の良くない大学と言うのが良いな」とつくづく感じ入ったものでした。前述の様に明大生と言うのは「自分は頭が悪いから第一志望校に落ちて明治に来た」との想いを、「だからこそ新しい目標でリベンジを」との想いに切り換え「前へ」の精神で新しい目標に挑戦して燃える学生が多いのですが、その学生もそういう明大生の一人だったようです。そこで今日はセミナーの最後で「まとめ」として述べられていた合格者に共通する勉強スタイルをお伝えしてこの手紙も「まとめ」にしたいと思います。

<公認会計士試験一発合格に向けて>
①:合格を確信すること
=模試や答練などは自分の弱点を認識してそれを強化する為のものと割り切って、どんなに出来が悪くても本番の試験で合格最低点を取れるよう努力を続ければ必ず合格できるとの確信を持つこと。「先ずは、根拠の無い自信を持て!!」と、Aさんと同じような事を言っていました。
②:明確な目標を持ち、冷静な自己分析による効率的な勉強を!!
=何が何でも、ただヤミクモに勉強すれば良いというものではない。目標とする合格最低水準への距離を冷静かつ客観的に認識し、その距離を埋める為の最も効率的な勉強法を常に考えそれを実践することで自分の前進を認識できる楽しい勉強ができる。

③:情報に惑わされない
=自分に適していると思って選んだ専門学校の指導やテキストを信じて、それに忠実に従った勉強を続けることが大事。公認会計士試験の勉強量は膨大であり、他校の方針や指導に浮気心(笑)をZXDS起こしたら結局は頭を混乱させる結果にしかならない。
④:勉強の継続
=②で述べた効率的な勉強を継続する事が大事。継続できずに途中で挫折してしまう人は、勉強の能力不足で挫折するのではなく、他の理由で挫折している。要するに効率的な勉強を継続できる人が合格している。

 以上ですが、多少なりとも参考になればと思うのですが、如何でしょうか?今回は当方から勝手に応援団長を買って出たような形となりましたが、もし宜しければ今後とも勉強へのお手伝いをさせて頂ければ嬉しく思います。もちろん私も会計学系統の勉強に関しては一人のド素人に過ぎませんが、今はインターネットの時代で大抵の事は調べられますのでそれなりのお手伝いはできると思います。
 この文通の参加者から簿記1級~公認会計士合格者が出て、その努力が依存症や犯罪から脱却する大きな力になったとすれば、同じ境遇に苦しむどれほど多くの人々を励ますことかと考えるだけでも胸が弾む思いがしていますので、もしご迷惑でなければ今後とも勉強への応援と言うかお手伝いをさせて頂ければと思っております。

 それでは今日はこれにて失礼します。突然気温が30度にハネ上がってしまうような不順な陽気ですので体調を崩さないようくれぐれも御自愛ください。

                  草々 
                                      
平成27年4月28日記・30日投函 
           大石クリニック相談員鈴木達也

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<A⇒鈴木>
前略
 鈴木さん、お手紙届きました。いつもありがとうございます。
 ・・・気候の挨拶略・・・
 公認会計士合格法とても興味深かったです。外に戻ったら私もネットで調べ、効率的に勉強して合格を目指して行きます。その手紙の中に驚きの内容が書かれていました。明治大学の人がそんな劣等感を持っているとは。・・・私から見れば、否、普通の人は、慶応・早稲田・中央・明治は一流大学でしょう。なのに明治の人は劣等感を抱く。不思議です。
こんな私ですが、私も大学を目指していた時期があります。私が通っていた高校は県下でも下から数えた方が早い県立の高校でした。中学の成績は中の下といったところでしょうか。私の家は母子家庭で兄弟は私も含めて4人いたので生活は豊かとは言えませんでした。その所為もあり高校入試は私立を受ける事ができず、比較的楽に合格できる所を選びました。その結果、高校は本当のバカ学校(笑)でしたが、成績は上の方でした。そのお陰で大学入試の推薦も受ける事ができました。その大学も明治から見ればずっと下ですが・・・
 ところが、高三の冬休み直前から体調を崩し、下痢と下血を繰り返すようになりました。直ぐに病院に行けば良かったのですが、かなりの期間我慢していて、もう無理だと思い病院に行きました。その結果、「潰瘍性大腸炎」と分かり2ヶ月ほど入院しました。その結果、推薦試験も受ける事ができず、浪人することになりました。経済的な事情もありバイトをしながらの浪人でした。浪人時代の成績は中の上といったところでした。英語と日本史はそこそこ得意で偏差値もかなり高かったです。その代わり理系が苦手でした。こちらの偏差値はかなり低かったです。
 そんな感じで浪人生活をしていたのですが、ある時期からパチンコに嵌ってしまいました。そこから勉強もだんだんしなくなり、毎日朝からパチンコに行く様になりました。その時は不思議と勝っており、バイト代より稼げるようになってしまい、どんどん嵌りました。そうして大学受験もせずパチンコばかりするようになりました。 その当時、大学のレベルに合わせて受験校の呼び名があったように思います。早・慶・中・明・・・・・と明治は上位校なのに劣等感を持っているとは、世の中は本当に不思議です。
 私の話に戻りますが、パチンコに明け暮れ、バイトもせず、ブラブラしていました。これでは駄目だと思いバイトをしていた所に就職しましたが、転勤の話が出て、それを機に辞めてしまいました。そしてまたパチンコ生活でした。当時、「綱取り物語」というパチンコ台に嵌り、これも随分勝たせてもらいました。その後はスロットのニューパルサーに嵌り、スロットの楽しさに目覚めて?しまいました。
 ここまでは、まだ良かったのです。パチンコやスロットで生活できていたのですから。それが麻雀荘で働くようになってからおかしくなり始めました。その先の事は何度も手紙に書いていますね。バカラを覚えてしまい、そこから転落の人生でした。
 今思うと、最初の転落は高校生の時にパチンコを始めてしまった事にあったと思います。地元のパチンコ店も高校生がパチンコをしていてもうるさい事は言いませんでした。もちろん制服で店内に入る事はできませんが、私服なら大丈夫でした。それがギャンブルに嵌る第一歩だったと思います。その後、麻雀、競馬などやりましたがパチンコ、スロットほどには嵌りませんでした。パチンコ、スロットはトータルで負けていないというのも一つの要因だったと思います。そうして、勝てる台がなくなると仕事をして、また勝てる台が出ると仕事を辞め、その台に嵌るというのを繰り返していました。そういう生活もバカラに嵌る要因であり、窃盗をする要因になっているのではと思います。もし、あの時こうしていればと思う事はしょっちゅうですが、過去を嘆いても今は変わりません。この先のことを考え、同じ過ちを繰り返さないよう、簿記1級、公認会計士の資格を取りたいのです。これは、ある意味大学受験に失敗した当時の弔い合戦?なのです。そこでは同じ過ちを繰り返したくないのです。
 ここで合格して過去の失敗を取り戻し、自分に自信を持ちたいのです。やはり過去の失敗は自分の心の奥深くに劣等感として残っていると思うのです。それを払拭する為にも各種資格試験に合格したいのです。そして外でキッチリと仕事をして刑務所とは無縁の生活をして行きたいのです。

 さて、今回は大学の話が出たので、少し自分の過去を振り返り、当時の記憶を頼りに書いてみました。そうしたら過去の自分に劣等感を持っていたんだなと改めて気づきました。これは大きな収穫だと思います。
 私も明治大の精神「前へ」を心に刻み、前へ、前へと進んでいこうと思います。
 今回はこの辺で失礼します。暑さに負けぬようお体を御自愛下さい。
 
草々
                                               平成27年5月24日(日) A

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<鈴木⇒A>
A様
前略
 まだ5月だというのに、横浜では夏の様な暑さが続き少々うんざりしていた中、お手紙28日に届き、暑さを忘れて嬉しく拝読しました。いつも有り難うございます。
 
 さて、先ずは、明大生の劣等感の話から始めます。明大生へのあるアンケート調査の結果、その半数以上が早稲田落ちだったという報告があります。半数以上という数字の正確さは別としても、そういう傾向があるのは確かです。ですからネットの2chなどでは両校の校歌をつなげて、「都の西北早稲田に落ちて・・オー明治、その名ぞ我らが母校♪」と言ったような、早稲田落ちで明治に入った学生達を揶揄するような書き込みが横行し、明大生の劣等感を刺激するような状況もあるわけです。
 でも、そんな劣等感はあまり時を経ずして「明るいワセコン(早稲田コンプレックス)」と言われるような心情へと変化して行きます。「俺達、確かに入試では早稲田に負けた、慶応も駄目だった、東大を頂点とする国立にも及ばなかった・・・でも、だからこそ人生の次のステージでは今度こそ早慶、国立に負けない闘いを!!」と、公認会計士や弁護士を、就職では金融大手を、マスコミをと、夢に描く学生も多いわけです。そんな学生達の目と耳に飛び込んで来るのが「前へ」という大変シンプルで、分かり易いスローガンであり校訓なんですね。大学入試で挫折感と劣等感を味わったからこそ、それが逆に新しい人生に向けての希望の起爆剤となるわけです。
 若い時に一度挫折を味わったからこそ、その後の人生でどんな試練にも堪えてそれを克服する雑草のような強さを身につけて卒業し社会に巣立っていくのが明大生だといって良いのかと思います。前回の手紙風に言えば、そこに明大遺伝子が存在すると言えるのかと思います。

 さて、今回のお手紙で初めてAさんの学校時代以来の生い立ちを伺いましたが、病気、ギャンブル、受刑生活と本当に厳しい人生を送られて来たのですね。そして、それだからこそ刑務所生活とは完全に縁を切っての新しい人生への強い動機を持たれたのでしょうね。
 お手紙では、高校時代にパチンコに嵌ったのが転落人生のそもそもの始まりだったと書かれています。従って今後の新しい人生へのスタートは高校時代のパチンコに嵌る前の状態から始まる事になりますね。パチンコに手をつけると坂道を転がるように⇒スロット⇒バカラ⇒窃盗⇒刑務所への道を走ってしまうので、それとは全く縁の無い公認会計士への道を歩み2度と同じ過ちを犯さないようにしようとの決意をされているわけですよね。是非この決意を忘れずに新しい人生街道を歩み続けて欲しいと思います。但し、依存症という病気は人間の決意や意志、希望とは別次元の所に存在し、時には眠り、時には牙をむき出して襲い掛かってきますのでこれとの闘い、治療も忘れずに続けて頂きたいと思います。その治療についての新しい情報を参考までに書いておきます。

 最近、「条件反射制御法」というギャンブル依存症にも効果を期待できる新しい依存症治療法が研究開発されたようです。この治療によって例えば、Aさんが横浜や渋谷に住んで、パチスロ店やバカラ店の前を歩いても平常心のままスーッと素通りできるようになるそうです。Aさんがバカラに嵌っていた頃のあのバカラ欲求・衝動が無くなるそうですから凄いと思いませんか?
 「条件反射」と言えば、あの「パブロフの犬」の実験が有名ですよね。犬にベルの音を聞かせてから餌を与える訓練を続けると、やがて犬はベルの音を聴いただけでその条件反射として涎を垂らすようになるわけです。その原理を依存症治療に応用するのが今度の「条件反射制御法」という治療法なんですね。依存症者がベルの音の代わりに「私はもうパチンコをしない」と声に出して言い、鼻の頭を摘むという「おまじない」をすると、その条件反射でパチンコをしたいという欲求がスーッと消えてしまうそうです。
 つまり、数ヶ月間の訓練によって脳神経網の中に依存欲求を抑制する条件反射回路をつくり、それを「おまじない」スイッチで機能させようというのがこの「条件反射制御法」という治療法で、俗に「おまじない」療法とも言われています。また片仮名では「キーワードアクション」とも言っています。つまり「私はもうパチンコをしない」という言葉=キーワードを口に出して言いながらの「鼻を摘む」という行動=アクションによる治療という意味です。
 治療(訓練)に数ヶ月(入院で3ヶ月)かかるそうなので、それなりの継続力、忍耐力が要求されますが、成功すれば上記のようにパチンコ店やバカラ店の前も平気で歩けるようになるそうなのでその意味は大きいと思います。

 今回のお手紙では自分自身の過去を振り返り、過ちの原因を掘り下げるという内容で書かれていますが、これには大きな意義があると思います。これは刑務所内での再犯防止教育を自分で行ったようなものと言えるでしょう。こういう振り返りはぜひこれからも続けて欲しいと思います。

 それでは今回はこれにて失礼します。この先むし暑く、うっとうしい梅雨の季節へと向かいますので、そんな自然環境に負けないよう心身両面で気をつけてお過ごし下さい。

草々

平成27年5月30日 
大石クリニック相談員鈴木達也