Kさんとの文通~②

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Kさんとの文通~②

大石クリニック

初めてお読みの方
投稿No.555および560~562をご参照下さい。

Kさんへの返書

K様
前略
9月20日付のお手紙届きました。有り難うございます。ホームページでの公開にもご快諾頂き嬉しく思います。早速当院HP掲示板「あおいくまの部屋」にお手紙を掲載させて頂きました。プリントアウトしたものをこの手紙に同封しますのでどうぞご覧下さい。今、北は北海道から南は九州・沖縄までのどの地域でもKさんの手紙を目にし、読める状態になっております。全国でKさんと同様の問題で一人で悩んでいる多くの人々に、自分だけの問題ではなかったのだとの安堵感と治療への動機、切っ掛けを提供することでしょう。
 さて、お手紙を拝読し更生と社会復帰への思いがひしひしと伝わって来ました。でも過去から来る不安もあり、更生への思いと不安の間で葛藤されている様子も、これまたひしひしと伝わって来ています。そんなKさんの思いを思うほどに、微力ながらも私に可能な限りのお手伝いをさせて頂ければなと、そんな思いを胸にこの手紙を書き始めました。
 お手紙の中で「自分は本当に依存症なのでしょうか?」と仰っていますが、その答えを出すお手伝いの文だけ書かせて頂きたいと思います。
 先ずは依存症でない人の事を考えてみましょう。Kさんも仰っているように、男なら誰でも男としての性欲があるし性への興味も持っています。私ももちろん持っています。しかし依存症でない人の場合、社会的規制、ルールの下で性的欲求や行動をコントロールしています。そして出来ない事は出来ないと理性で判断し性行動を抑制する時、それを我慢している訳ではありません。欲求や行動を抑える我慢なしに自然に抑制しています。そうでなければ世の中は巨大な我慢の塊になってしまい、社会は機能不全と化してしまうでしょう。その一方で、性依存症者の場合どうでしょうか? 悪いと分かっていても、やらずにいられないのはどうしてでしょうか? 恐らく脳内の性行動指令系統に何らかの障害が生じていると考えた方が自然だと思うのです。性依存症の他にも色々な依存症がありますが、例えば、アルコール依存症者の場合、飲酒欲求にスイッチを入れる脳内物質であるグルタミン酸が普通の人より大量に見られると言われています。それ故に意志や理性では対抗し切れない病的で強制的な飲酒欲求が生じます。脳内での大量のグルタミン酸の存在=それは本人の心、自覚、意志、倫理観、人格などとは無関係に自然に生じた障害、つまり病気と考
えるべきでしょう。従って本来から言えば、恥ずかしがったり、自己嫌悪したり、劣等感に陥ったりする問題ではありません。人は、癌になったから、結核に、糖尿に・・・かかったから俺は駄目な人間だ、人間失格だとは思わないでしょう。周囲もそういう目では見ないでしょう。依存症も本来は他の体の病気と同様の病気であり、1に治療、2に治療、3から10まで行っても治療と考えるべき病気だと思うのです。病気を自覚して治療を始める事が依存行動や犯罪によって迷惑や被害を与えた人々への最大の償いだと思うのです。犯罪の場合には当然法的措置も受けねばなりませんが、それによる償いもまた治療の一環と考えられるし、可能だと思います。償いの生活そのものが病気を自覚させてくれるからです。
 念の為改めて繰り返しますが、性依存症は病気です。WHO(=世界保健機構)のICD・10(=国際疾病分類第10版)でも性依存症は「性嗜好障害」という正式名称で病気として公式に認定されています。しかし一般には、個人の倫理観の欠如や意志の弱さ、人格などの問題とイメージされがちで、それ故に患者自身も自分の病気を否認しがちで、症状を自覚しても自分の個人的な意志と努力、頑張りで何とかしようと思いがちなんですね。でも客観的には病気ですから個人的努力=我慢では太刀打ちできず、病気は治らず、結局は同じ過ちを何度も繰り返してしまう訳です。以上、性依存症についての一般論を長々と書き連ねましたが、Kさん自身は自分の状態をどう認識されるでしょうか?

頂いたお手紙の最後で、性依存症から回復している人はどういうふうにして回復しているのでしょうか?とお尋ねですが、私が実際に目にして認識している範囲で言いますと。自分だけの個人的な禁欲、我慢だけで依存症から回復できている人は一人もいないと言って過言ではないでしょう。専門医によるカウンセリングや、同病で治療中の仲間との体験談の交流などの中で、依存・嗜好障害による行動に走らない術(すべ)を学び実行する事で道が開けて来ます。例えば、Kさんが女性の下着を盗りたいとの衝動に駆られるのは、どんな時、どんな場所、どんな感情が条件になっているのでしょうか? それが分かれば衝動が起きる前の段階で衝動の予防が可能になるでしょう。

 あと、この年齢になって今さら遅いのでは?とのことですが、依存症になり、症状が進行し問題行動を積み重ね、周囲から指摘され、批判され、それでもどうにもならず、社会・家庭で孤立し、とうとう自分でも病気を自覚し治療・回復を決意せざるを得なくなるまでに長―――い年月がかかるのが普通です。ですから治療を始めるのは中高年以降と言うのが大半です。しかしそれでも、初心の動機を忘れずに一日一日の努力を積み重ねて立派に回復し、社会復帰、家庭再建の道を歩んでいる沢山の人がいます。Kさんも希望を胸に同じ道を歩み続けて頂ければなあと、心底からそう思います。
 
もう一つ、追伸で公開匿名を教えて下さいとの事ですが、同封の掲示板コピーでご覧のように「K」さんとさせて頂きました。

 以上、秋の夜長の読書ならぬ、手紙書きで長々と書き連ねてしまいました。多少なりともお役に立てれば幸いです。

 ようやくあの猛暑から解放されて清清しい秋の日々を迎えましたが、季節の変わり目です。くれぐれもお体をお大事にお過ごし下さい。今日はこの辺で失礼します。
草々
平成22年9月29日 
大石CL相談員(文通担当)
                鈴木達也

追伸;この返信も近日中にHP掲示板にて匿名で公開させて頂きます。

Date: 2010/10/04/21:44:20 No.567