収監者との文通 Fさんからの手紙
収監者との文通
Fさんからの手紙
大石クリニックHPトップページ参照
前略
・・治療についての事務的事項を省略し、
病気/依存症を内容とする部分のみ記述します・・
お手紙の中で助言して頂いた「プラス思考」について、改めてワークブックを読み返してみますと、「マイナスフィルター」=「物事の悪い面ばかりに意識を集中し、良い面を見られない傾向のこと」という項目が正に自分の過去の思考/行動にピッタリと合致するものでした。
最初の事件の結果、それまでに積み上げて来たものの全てを一瞬にして失ってしまった事に思いが集中してしまいました。事件後せっかく自分のキャリア/知識を活かせる職に再就職できたにも関わらず、どうしても事件前の仕事の内容(やりがい・収入・職場環境)と比べてしまい、その全てが以前に劣ると考えて、その度に「こんな筈ではなかった」、「どうして自分はここでこんな仕事をしているのだろう」、「どれだけ頑張っても、もう元には戻らない」といつも溜息をつくばかりでした。一度そうした思いに取りつかれると、「何をしても無駄だ」、「どうせ何をやってもダメだろう」と更なるマイナス思考に取りつかれ、毎日が意味なく、惰性で流れて行くばかりでした。とは言っても、給料分の責任を果たさなければならないという責任感、落ち込んで悩みを抱えている姿をあからさまに見せたくない/悟られたくないとの思いから、仕事が出来ないと思われたくないというプライド(強がり?)から、そういう面を見せることなく仕事を一生懸命にこなしていました。しかし家に帰り一人になり、仕事の責任や納期の重責から一時的に逃れると心の片隅に押し込んでいた(無理やりに封じ込めていた)嘆き文句が一気に浮かび上がり、頭の中に木霊のように響き渡るのです。そうすると私はマイナス思考の無限ループ(循環)に引き込まれ、どうしようもない感覚、無力感、虚無感というべき感情と言いますか、無意識的に自暴自棄になってしまいます。そうした中で自分の問題ある性衝動を抑えることが出来ずに2度目の事件を起こしてしまいました。
同じ過ちを繰り返さないためにはワークブックにあるように、いかにしてマイナス思考をつきつめることなく、プラス方向に切り替えるかが最重要ポイントだと考えています。ワークブックには「不安のループ」、「うつのループ」にとらわれる事が無いように、幾つかの対策法が挙げられております。その中で私が実践してみようと思ったのは、①:体を動かす、②:誰かに相談する、③:自分の気持ちを紙に書く、です。正直に言いますと、塀の中という最低の環境下に置かれて、マイナス→プラスへと思考を切り替えるのは容易ではありません。仮にプラス思考への切り替えに成功したとしても、鉄格子の中に閉じ込められているという現実には変わりがなく、直ぐに厳しい現実に絶えず直面するからです。ですが、少なくとも鈴木様との文通を通して②、③を行うことで、私の苦しい心情/悩みは完全ではありませんが、かなりの部分においてプラス方向に切り替える事が出来ました。ありがとうございました。出所後も是非とも続けさせて頂きたいです。③はともかく、②については、他人には絶対に知られたくない後暗い過去の過ち、恥ずかしい自分の性癖を相談することはとても難しいことだからです。家族は相談したとして受け付けてくれるだろうか?(拒絶されないだろうか?) 友人はそもそも全てなくしてしまったし、これからできたとしても。とても自分の過去を打ち明けることは出来ません。こうした事を考えますと、自分の恥部を全てさらけ出した大石クリニックのカウンセラーの方、鈴木達也様、同じ悩みを抱える人達しか、今のところ相談出来そうな人が思い当たりません。他の方は自分の悩みを家族や友人に相談して、かつ受け入れてもらっているのでしょうか? そうした家族/友人を持てた方がいるとしたら、とてもうらやましいです。
もう一つ、プラス思考に切り替えられた事として、余暇時間に資格の勉強をすることで再就職に備える事が出来ることです。在職中は目前の業務の納期をこなす事で精一杯で、休みの日に資格の勉強をする時間/精神的余裕が無かったのですが、塀の中では納期に追われてストレスを感じることは無いので、鉄格子の中という環境ではありますが、落ち着いて勉強できるというメリットを最大限に活用することにしました。消灯時間が21:00なので、個人的には23~24時ぐらいまでもっと勉強したいという思いはありますが・・・
以上長々と悪筆を重ねてしまいましたが、この辺りで失礼させて頂きます。お手紙にありました鈴木様の就活体験を楽しみにしております。5月も中旬を過ぎますと日中は30度を越え、もう真夏の酷暑のような日もありますので夏バテ(少し早いですが)しないようにお気をつけ下さい。
情報提供/ご助言の件ありがとうございました。
F
Date: 2013/06/05/23:04:31 No.915
Re:収監者との文通
Fさんへの返書
F様
前略
5月26日付のお手紙、拝読しました。有り難うございます。ご自身の今後の人生を真剣に考えられている様子に本当に胸をうたれる思いがしています。
人生行路をゼロから出発してプラスへと登り行く努力にも心を動かされますが、それよりも、もっともっと感動的なのは、一旦マイナスまで落ち込みながらも、絶望したり自棄になることなく、そこから反省と自覚、堅い決意の下に、マイナスからゼロへ、そしてプラスへと登り行く姿です。それには前者の2倍、3倍・・の決意と努力が必要だからです。だからこそ、お手紙に強く胸を打たれる思いがしたわけです。
・・治療についての事務的事項省略・・・
出所後の治療についての2段階戦略も読ませて頂きました。現実を直視してよく熟慮された治療戦略だと思います。しかし、いずれにせよ、治療と経済、仕事、時間、身体・・等々との間での種々の矛盾を乗り越えねばならない険しい道が予想されますので、どんな困難にも負けない覚悟と、ご両親に自立を報告する喜びを忘れずに歩み続けて頂きたいと思います。
お手紙の中で、塀の中では在職中の様に仕事の納期・ノルマに追われることがなく、落ち着いて就職に繋がる資格の勉強が出来るとされて、受刑生活のメリットについて書かれています。お手紙のこの部分を読んで私も思わず「そうだ!そうだ!!」と心の中で共感の声を発していました。どんなに辛く苦しい生活環境の中にあっても、その裏側にはメリットがあるもので、そこに意識的に目を向けてマイナス思考からプラス思考に転じるのは依存症治療・回復過程で本当に大事な事だと思います。
プラス思考についての私の体験を書きます。ずっと以前(1年くらい前でしょうか?)の手紙にも書いたと思いますが、私も断酒治療を始めた頃、失業中で生活を実家の母の世話になっているという重苦しい思いの中でふと頭の中に浮かんだ思いがありました。どんな思いだったかと言うと、「実家で寝泊まりして、食事の半分は母の世話になり、残りの半分は無料の病院食を食べて、最低限の生活が保障されており、その一方では職業に縛られない時間的な自由があるではないか、母には申し訳ないけど、これは学生時代と同じではないか」との思いでした。その思いの瞬間に大学で専攻したドイツ文学を思い出し、更にドイツという国のイメージとしての「ビールの国」⇒「多分アル中の国?」⇒「伝統的な医学の国」⇒「しからばドイツの依存症治療は?」との思考が進み、それなら学生時代に戻ってドイツの新聞・雑誌などのメデイアに「ドイツの依存症医療、これ如何に?」を探って見ようと思い立ったわけです。酒を飲まない時間の穴埋めにと思って始めた趣味の独語翻訳でしたが、ドイツのメデイアは私の期待に見事に応えてくれました。日本では聞いた事もなく、誰も知らなかったアルコール依存症新薬(病的飲酒衝動を抑える薬で、日本では私の翻訳から10数年が過ぎたこの5月にようやく認可・発売に漕ぎ着けました)の話、日本の2倍の断酒率を挙げている治療法・・・などの話が治療仲間に喜ばれ、学生時代には体験できなかった翻訳の喜びを味わいました。そして今、年月が過ぎてみれば、それも現在の大石相談員の仕事に繋がる第一歩になったし、広い意味での就活になっていたと今にして思うのです。趣味翻訳を始めた頃は、これが直接仕事に繋がるとは思っていませんでしたが、いつしかそれを依存症相談員の仕事に活かしたいとの動機の一つになったように思うのですが、参考になりますでしょうか?Fさんも過去に身につけた技術をお持ちのようなので、それを何処で、どのように活かせるかを視野を広げて考えてみれば、どこかに新しい道への発端を見つけられるのではないでしょうか?
今思うに、私が失業中という陰鬱な気分の中で、「これは第2の青春・学生時代だ !!」というプラス思考に転じる事が出来たのは、やはり依存症治療と仲間の輪の中という生活環境の中での事だったと思います。困難を克服しようと頑張っている仲間の心のエキスが自然に私の心に流れ込み、それがごく自然にプラス思考を呼んだのだと思います。
最後に、お手紙に書かれていた、「犯罪者が生活保護を受給する資格・権利」について少し考えて見たいと思ったのですが、これを書き始めると長くなりますので、次回の手紙でこの問題一点に集中した文章を書くことにしたいと思います。
梅雨入りしたとはいえ、中々雨が降らず夏のような暑い日が続いています。これから熱中症や夏バテの季節に向かいますので、お体を重々ご自愛ください。今回はこれにて失礼します。 草々
平成25年6月6日
大石クリニック相談員 鈴木達也
Date: 2013/06/05/23:59:13 No.916
-
前の記事
断酒11年;第37回ヨコハマ日曜画家展に出品し入賞しました 2013.06.03
-
次の記事
収監者との文通 Bさんからの手紙 2013.06.16