収監者との文通 Fさんからの手紙~①

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収監者との文通

Fさんからの手紙~①

大石クリニックHPトップページ参照

鈴木達也様
 お久し振りです。手紙の御返事有り難うございます。
 お手紙の冒頭にて、私のプラス思考の心構えに感心されているご様子ですが、なにやら気恥ずかしさを感じてしまいます。何も大した事ではなく、刑務所という最悪の状況に自ら落ち込んでしまった我が身にとっては、上を向くことにしか選択肢が残されておらず、。少しでも気を抜いて後ろ向きの事、マイナス的な事を考えると、そのまま坂を転げ落ちる様に深淵に呑み込まれたまま2度と浮かび上がる事が出来なくなるのでは・・・という漠然とした恐怖から逃れたいがための単なる虚勢に依るものに過ぎないのかも知れないからです。
 多くの大切なものを失い、社会的な基盤を喪失した私にとって、そうした強がりに頼らなければ、これから私の前に出現するであろう様々な困難、厳しい現実に立ち向かい、乗り越えることが出来ない、難しいという思いがあるからです。とは言っても、この半ば無理強い気味のプラス思考は私にとって諸刃の剣になるかも知れません。なぜなら、このプラス思考は過剰に頼り過ぎると、自分の現状を全面的に肯定してしまい、たとえそれが改善しなければならない経済的な苦境、受け容れ難い悲運な状況であってもあるがままに満足してしまい、そこから抜け出そうとする努力を怠って、進歩/向上が停滞しかねないというリスクがあります。
 又、それとは逆にプラス思考に頼らなければ、厳しい現実を前にして悲嘆に暮れた挙句の果てにマイナス思考の無限ループにはまり込んでしまい自暴自棄になってしまうかも知れません。それだけは絶対に回避しなければなりませんので、このプラス思考をどう上手く使いこなすかが重要になって来ます。つまり、いたずらにプラス思考を過信して現状に甘んじて進歩を止めることのないように、適度にプラス思考を利用して、少しでも自分の立場/状況を向上させるように動機を持ち続けることができるよう、自分のお尻を蹴りつけるという事が肝要だと考えます。

 前置きが長くなって申し訳有りません。前回の手紙にてご質問させて頂いた件、ご解答ありがとうございます。医療費軽減制度について再度質問があるのですが、この制度は国民健康保険への加入を前提にしているものでしょうか?つまり保健を使った上で本人負担が原則10%ということでしょうか?それとも保健は使わなくても負担は10%でしょうか?というのは、出所後は無職なので収入がが無いことから、再就職するまではできる限り出費を抑えようと考えていますので、健康保険への加入をしない事を想定しています。お手数ですがもし分かるようであればご回答くださると大変助かります。
 又、大石クリニックへの単発的な通院につきましては、ご返事にありましたように、先ずは初回に一度受診すれば、必要時のみ訪院し診察・治療プログラムへの参加が可能ということですので、出所後少し身の回りが落ち着きましたら、時期を見て訪院したいと思います。  鈴木様は、私が一度だけ参加させて頂いたワーキンググループのミーテイングの進行を任されていた方でしょうか?私は何事も初めての経験で、特に白衣等を着ている方も居られなかったのでどなたがクリニックの方なのかよく分からなかったという記憶があります。
 私としても、刑務所の中で心が折れそうになった時に、鈴木様からのお手紙、助言にどれほど助けられ、参考になったか、是非一度直接お会いしてお礼を言いたいと考えています。本当にありがとうございます。
↓へ続く

Date: 2013/07/30/19:25:25 No.957

Re:収監者との文通

Fさんからの手紙~②

 お手紙の中で綴られていたドイツのメデイアで報じられていたアルコール依存症の記事を翻訳して患者仲間に伝えて喜ばれたとの件(くだり)、とても興味深く読ませて頂きました。特に心に残ったのは、人は自分のしている事が、その存在が誰かの役に立っている事を自覚できる時、自分の存在意義を確認する事が出来て、その事は生きて行く上で立ち向かわなければならない避けようの無い様々な困難/苦境を乗り越えて行くのに必要不可欠な心の礎になるのではないかと思いました。そうした稀有な体験をされた鈴木様がうらやましくもあり、又まぶしくもあります。自分のこの苦しい経験が、自分の立ち直りだけでなく同様の悩みにもがき苦しむ誰かの役にたつならばこれ程嬉しい事はなく、その上その貢献が自分自身を更に強く確かなものへと成長させてくれるような気がしてなりません。
 とは行っても、先ずは自分自身が同じ事を繰り返す事が無い様に自分の衝動/思考/行動をコントロールする事を最優先にして、心に・経済的に余裕ができてから自分になにができるかについて考えてみたいと思います。鈴木様のようにとまでは行かなくても、何らかの形で他の方の役に立つ事ができるのならば私のこの苦しい・辛い経験も全く無駄なものではなく、何らかの意味があったのだと前向きに考え、生きて行くことが出来るからです。
 今、7月の後半に差し掛かり、刑期満了の日が具体的に視野に入るくらいに近づいて来ました。最初に刑務所に到着した時は、とうとう落ちる所まで落ちてしまった。自分は本当にここから出て立ち直る事が出来るのか? 出る以前に刑務所という最悪の環境下でじ自分はやって行くことが、苦難に耐えることが出来るのだろうか?何もかも初めての事で、何も知らないという状況で先の事が全く分からず不安で仕方がありませんでした。その一方で、いざ出所が視野に入ってくると出所後の具体的な生活/現実、つまり無職で収入の充ても無く、年齢と前科という大きなハンデイを抱えてはたして自分の臨む職種に再就職することが出来るのだろうか?仮に出来なかった場合に生活の為に今までの自分のキャリア/経験を活かすことが出来ない職に就かざるを得ない状況になった時に自分はその現実を受け入れることが出来るだろうか。受け入れることが出来ずに失望してマイナス思考の無限ループにはまり込んでしまわにだろうか?又、更に、苦労の末に再就職して立ち直った時に果たして両親は私の事を許してくれるだろうか?再び家族として私のことを受け入れてくれるだろうか?そうした不安が頭の中に次々と浮かんで来て、猛暑による熱帯夜のせいもあり、最近夜になるとあまり眠ることができません。不思議なことに、あれほど待ちわびていた出所なのに、いざ具体的な形となって見えて来ると、予想される現実/苦難で不安になってしまいます。恐らく、近道といったものは無いので、目の前に現われる課題(苦難)を一つづつ地道に着実に処理して行くしか手段は無いし、その結果得られる現実も冷静に受け入れて行くしか無いのだと思います。その覚悟はできているつもりなのですが、実際にその状況に直面した時に、自分がそれに上手く対処する事が出来るのか、正直に言いますと、情けないのですが、自信がありません。ただ、それでもわたしには逃げるという選択肢は許されません。私は両親に必ず立ち直ると約束したのですから。この約束だけは絶対に破ることが出来ません。もし破ったら今度こそ本当に帰る場所が無くなってしまいます。だから、逃げずに正面から立ち向かわなければなりません。たとえそれが受け入れ難い現実であっても逃げるわけには行かないのです。

 長々と文面を重ねてしまいましたが、この辺で失礼させて頂きます。連日の猛暑が続いておりますので、水分補給はこまめにとるなど、熱中症対策に注意して下さい。私の方はクーラーも当然無い環境ですが、最近、体の方が酷暑に慣れつつあるようです。
 それでは次のお手紙を楽しみにお待ちしております。くれぐれも体調にお気をつけ下さい、それでは失礼いたします。
                        F

Date: 2013/07/30/19:30:09 No.958

Re:収監者との文通

Fさんへの返書

F様
前略
 
 暑中お見舞い申し上げます。

 本当に猛暑、酷暑、そしてまた蒸し暑い毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか?私も少々ウンザリしながらも、「もう、これ以上は暑くならないのだ、時が過ぎるのを待て !! 」と自分自身に言い聞かせて何とか一日一日を凌いでいます。
 さて、7月21日付のお手紙、27日に届きました。いつも有り難うございます。先ずはご質問への答えから始めます。
Q:「医療費軽減制度は国民健康保険への加入が前提なのか?」とのお尋ねですが、
A:答えはお尋ねの通りで国民健康保険、又は社会保険への加入が当制度適用の前提条件となります。
 Fさんの場合、出所後は無職で無収入の為、当面は国保加入を見送りたいとの事ですが、経済状態に応じての国保料の減免制度もありますので、先ずは最寄の役所に相談してみるようお勧めします。居住地の自治体(役所)によって減免の内容に相違があるようですが、先ずは役所に相談してみて損はないでしょう。
 
大石のワーキンググループに一度だけ参加されたそうですが、進行役は大石に非常勤で来られている大学の心理学の先生と当院の看護師が隔週の交替制で務めています。Fさんが参加された時はどちらだったか分かりませんが、どちらにせよ私は進行役ではなく、その隣で一人黙々とペンを執り書記を担当していました。仰る通り、クリニック側も皆私服で誰も白衣の様な衣服は着用していなかったので分かり難かったとは思います。大石では患者様に余計な緊張感を与えないようにとの配慮もあって、あまり白衣に拘っていません。医師や採血・点滴などを行う看護師が白衣やエプロンを着用しているといった感じです。

お手紙では、出所が視野に入ってくるにつれての不安、プレッシャーについて書かれています。出所後自分が望む職に就けるかどうか、思い通りに行かなかった場合どうすれば?・・・との文面にどうお答えすればと色々と思いをめぐらせながら読み進んだのですが、便箋の5枚目に差しっかかった所でFさん自身が答えを出されており、ホッと一息つき、安心しました。その答えの確認の為にFさんの文面をそのまま引用します。
 自分のキャリアに合致した仕事に向けて、「・・・おそらく近道といったものは無いので目の前にある/現われる課題(=苦難)を一つづつ地道に着実に処理して行くしか手段/解は無いし、その結果得られる現実も冷静に受け入れて行くしかないのだと思います」と書かれており、その後に、とは言えその現実に直面した時それに対処できるか自信が無いとされながらも、その現実から逃げるという選択肢は無いと断言されています。出所後の「壁」を予測されて、それを少しずつ可能なな所から着実に乗り越えて行こうとの覚悟と決意が示されています。この思いさえ忘れなければ、どんな困難に直面しても、動揺したり絶望したり、そして自暴自棄になったりする事はないでしょう。どうか、今のこの思いを忘れずに刑務所の門を出て頂きたいと思います。 
 以前の手紙でも書いたかも知れませんが、アルコール依存症者の自助グループであるAAに「平安の祈り」という祈りの言葉があります。

=平安の祈り= 
神様 私にお与えください。
自分に変えられないものを 受け入れる落ち着きを、
変えられるものは 変えてゆく勇気を、
そして二つのものを 見分ける賢さを。

 今の自分に不可能な事はそれとして認め、可能な事から一つずつ実行し、一歩ずつ前に進んで行く事で道が開けて行くのだと思います。「平安の祈り」をそのまま実行できるなら、世の中に「恐いものなし」でしょうね。そしてFさんの着実な歩みが手紙の公開を通して同じ悩みに苦しむ多くの人々に伝わるなら、それは社会への大きな貢献となることでしょう。

≪私の体験から≫
  私が断酒生活に入ってから1年半後、断酒後最初に始めた仕事は日雇い仕事でした。ビルやマンションの建築現場での掃除、片付け、職人の手伝いなどといった仕事で、時には外壁の足場の20~25階といった所での高所作業もあり、俗に言う3K(キツイ・キタナイ・キケン)の象徴のような仕事でした。でも、そんな仕事にもメリットがありました。朝8:00~夕5:00の仕事で残業は殆ど無しでしたが、その仕事に月・13日だけ行けば、男一人の生活が十分賄えて多少の貯金もできました。日雇いですから当然仕事にありつけない日もあったので、そういう日は日雇い失業保険で国から保険金が支払われたわけです。こちらから支払う保険金はゼロ円でしたから、仕事が無い日は文字通り「天から金が降ってきた」わけです。これは魅力的でした。以前は「仕事と収入が無い代わりの自由な時間」を第2の学生時代と考えてドイツ誌に没頭していたのですが、それが今度は、「仕事なしでの収入と自由な時間」を手にして「ドイツのアル中これ如何に?」に没頭でき、それが今の仕事の礎にもなっています。そう考えると3Kの代表のような日雇い仕事にもメリットがあったし、その意味で、どんな仕事に対してもプラス思考が大事だなとつくづく感じ入っています。

  この手紙が着くのは立秋(8月7日)前後でしょうか?暦の上ではもう秋を迎えますが、猛暑はまだしばらく続くと思いますので、お身体をくれぐれもご自愛下さい。今日はこれにて失礼します。
                       草々
             平成25年7月31日
                大石クリニック相談員 鈴木達也

Date: 2013/07/30/20:33:56 No.959