収監者との文通 Mさんとの文通
<M⇒鈴木>
前略
北海道で39度ですか!! やっぱり炊場で働いているのですかね。私の所も気温が高いですが、さらに湿度も高いです。これは大変です。特に大釜の作業は100度近いスープやおかずを作り、その後盛り、最後の片づけでしっかりと汚れやコゲを落とす。まだ熱々の大釜を前に洗っていると大汗をかきフラフラになる。汗で作業着が水をかぶったようになり、絞れる程で、立っているのが辛いくらいになる。食欲もなくなり、食べられなくなるので、その日一日は水分ばかり摂って大変です。夏場は皆で少しづつ替わる替わる体調を見ながら休みながら作業をします。
さて、「いかりの綱」のことですが、「自分自身を愉しみ、危険な誘惑を考えるスキを作らないようにする」これはできると思う。好きな事に熱中し、夢中になるタイプです。そういう事を考えている内に私はやってみたい事ができました。
ヒントは父との手紙の話で、私の父はカラオケというか人前で歌う事が大好きで、趣味を通り越して今一番の生きがいという程だ。手紙から父がキラキラとしているのが伝わってきてとても楽しそうだ。 時にボランテイア?で、おじいさん、おばあさんの前で歌ったり、自ら企画して皆で大会を開いたりして、楽しんでいるそうです。それを聞いて私も趣味というか特技など好きな事でボランテイア?というか自分でも夢中になれる事で犯罪予防にもなるのではと思っている訳です。「いかりの綱」に繋がるかと思う。
私の趣味というか、特技というか、好きな事は将棋で、その将棋を通じてボランテイアと言うと少し大げさなのですが、やってみたいと思う。今も休み時間などに毎日飽きることなくやっていて、私のストレス解消にもなっている。昔おじいちゃんに教わった。最初は嫌だったが、勝ったら50円くれるって言うのに負けてやりだしたら50円どころでなく、「おじいちゃんに勝つ」のに楽しみを覚え必死になってやった。その内に周りの人より多少上手くなっていたので、どんどんのめり込みやるようになった。今では飽きることなく毎日やっている。それを活かせないかと考えた。即ち「いかりの綱」で自分も楽しみ夢中になることで、周りも楽しめるかも知れない。他にもマージャンとかあるかも知れない。まだ考えが色々で一つに固まっていないが、そういうのが出来れば良いなと思っている。
誘惑はそこら辺に凄く沢山あって、今までは嫌な事が続いたり、仕事で頑張って、頑張って耐えてきても上手くいかない事が続いて腹を立てたり、投げやりになって、どうでもよくなって心のストッパーを外し犯罪に走ってしまった。心に余裕が無かったし、私の心のストッパーも凄く弱いものになっていた。
心のストッパーの前の段階の「いかりの綱」や、最後の砦の「心のストップ法」を今後は自然と出来るように身につけたい。自分の周りに犯罪の無い生活をしたいです。人には犯罪に向かうまでにいくつもの心の砦があると思うが、それを越えてしまうハードルの低さが今の自分の悩み。昔はそのハードルが高かったのに段々と低くしてしまった。人がやっているから自分もとか、この位は良いだろうとか、何で自分ばかり・・・とか考えている内にハードルを下げてしまった。いくつものハードルがあったのにです。人生はこれから、まだやり直せます。後悔しない生き方をしていきたいです。
お盆が過ぎ、あと少したてば暑さも弱まりますが、くれぐれもお体に気をつけてお過ごしください。
草々
<鈴木⇒M>
M様
前略
猛暑の中での炊場の作業、本当に大変ですね。「100度近いスープやおかずを容れた大釜を・・」とのお手紙の文面を読むだけでも汗が噴き出す思いがしました。大汗で体もフラフラになる作業って本当に厳しく辛いお仕事だと思いますが、同時に、決して事故を起こさず、火傷など負わないようにとも願わずにいられない思いがしました。今さら言うまでもないことだとは思いますが、くれぐれも事故や怪我の無いよう注意して作業をして下さい。
そんな猛暑の中での近況から始まるお手紙、9月6日に届き大変嬉しく、そして楽しく拝読しました。
そうですか、おじいさんから将棋の手ほどきを受け、最初は「勝ったら50円あげる」との約束に惹かれてやっている内に将棋そのものが面白くなって・・・それで今では休み時間などに毎日のように飽きることなくやっているとの事で、それを「いかりの綱」として今後の犯罪防止にも役立てたいとの文面に思わず拍手をしたい思いに駆られました。正に、認知行動療法の「いかりの綱」の話を活き活きと絵に描いたような話で、非常に解り易いです。
この話、大石での患者さんとのミーテイングや文通での手紙にも、ある文通者の話として、話の中身だけお借りしても良いでしょうか?「いかりの綱」について私が教科書で読んだ生かじりの知識を使って汗をかきながら説明するよりもずっと解り易く伝わると思います。昔から「百聞は一見にしかず」という諺、つまり「物事の情報は百回聞くよりも一回見た方が解りやすく伝わる」という意味の諺がありますが、今回のMさんの話には、その「一見」に通じる力があると思います。
お手紙には、お父様の趣味の域をこえたカラオケの話も書かれていて、それが自分の将棋を「いかりの綱」にしようとの思いへのヒントになったともされています。きっと、好きな事に集中する(できる)というお父様の血がMさんにも伝わっているのでしょうね。
ただ、その集中する方向が、各種のストレスや怒りに背中を押されるような形で依存症から犯罪へと向かう道に逸れてしまったところに過ちがあったわけですね。ですから「いかりの綱」や「思考ストップ法」などの依存症治療によってその過った道への入り口のハードルを高くする必要があるわけですよね。ただハードルを高くしようと思っただけではハードルは自然には高くなってくれないので、認知行動療法などの精神療法や、治療仲間との体験談ミーテイングなどの治療を続ける事でハードルを高くする必要があり、それは治療の必修科目とも言えると思います。
お手紙で、「人がやっているから自分もとか、この位は良いだろうとか、何で自分ばかり・・・とか考えている内にハードルを下げてしまった」とされて、ハードルを下げてしまった自分をよく自己分析されています。この気づきを大事にして忘れずに治療に活かして欲しいと思います。「人がやっているから・・・」とか、「この位は・・・」等々といった思いを認知行動療法では「認知の歪み」又は、「認知の偏り」と言い、それをどう修正し、日々の生活でどう行動化するか?がこの療法の出発点となりますので、Mさんも出所後の通院で是非この治療を受けて犯罪へのハードルを高く、高くしていただければと思います。
暦は9月に入り、残暑が続く中ながら頬に触れる空気にどこか秋の香りもし始めています。そんな自然の流れの中で、この先季節の変わり目へと向かい、一日の気温の上下差も大きくなると思いますので体調を崩さぬようくれぐれもお気をつけ下さい。
草々
平成26年9月8日
大石クリニック相談員 鈴木達也
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