収監者との文通 Nさんからの手紙

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収監者との文通

Nさんからの手紙

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前略
 鈴木先生、お手紙有り難うございました。
 『いかりの綱』の体験談読ませて頂きました。自分が持っているスキルを最大限まで活用した素晴らしい方法ですね。治療の為に新しい世界に飛び込んで行くなんて中々出来る事ではありません。特に『学ぶ』事は子供にとっては仕事と言われる様に、とても大変で疲れるものです。にも関わらず。自分から進んでその道に入り、さらには自分の『いかりの綱』にしてしまうとは本当にすごいと思います。私も鈴木先生の様に、少しでも興味の出て来た事に対し学びの姿勢で取り組んでみるのも良いと思って来ました。時間がある時に一度トライしてみようと思います。もしもそれが今後の自分の『いかりの綱』と成り得たならば一石二鳥で良い事づくしになりますね(笑)
 私は十代の頃、スポーツこそしていたもののそれ以外の時間は家でパソコン等をするいわばインドア派でした。しかし大学に入るにあたり家に居る時間が「もったいない」と感じるようになり、20代になる頃には色々な人と接する事が出来るボランテイア活動に取り組み、完全なアウトドア派に変わりました。ボランテイアと訊くと「人の為」と思われがちですが、自分は「若い内に出来る自分発見の場」と考えていたので苦もなくボランテイア活動に取り組めました。それが自分のストレス発散法、つまり鈴木先生がおっしゃる『いかりの綱』だと思っていました。しかし今落ち着いて自分の過去を思いかえしてみると、当時の自分は無理やり体裁を被っていただけではないかと思って来ました。本当の自分を押し殺してアウトドアの自分という仮面を作り、心の何処かにストレスを溜め込んでしまっていたのだと思います。家に居る時間がもったいないと考えてしまった為に、インドアである事を自身で拒み、自ら自分の本質におけるやすらぎの場を失わせてしまったと思いました。そこで、今後からは私の『いかりの綱』を外ではなく家の中で降ろせるようにしたいと思います。外ではなく家の中で出来る『いかりの綱』を見つけ、心を一休みさせられ、ホッと落ち着けるようにしたいです。なので鈴木先生の体験談は私の願いへの一つの架け橋になるとうすうす感じました。『いかりの綱』を見つける事、それが私の目標になりそうです。
 鈴木先生、今回も貴重なお話を有り難うございました。自分の過去を振り返るだけでも、新しい自分発見になるようですね。次回の先生からのお手紙を心からお待ちしています。それでは本日はこれで失礼致します。

                      草々

追伸・・・激しい降雨が続き、近日寒暖が著しいですが、お体に充分注意して下さい。
                      N

Date: 2013/07/14/13:22:47 No.948

Re:収監者との文通

Nさんへの返書

N様 
前略
 お手紙ありがとうございます。
 『いかりの綱』への共感を頂く文面を嬉しく拝読しました。実はこの『いかりの綱』というのは、うつ病や各種依存症へ精神療法として開発された『認知行動療法』というカウンセリング法の中で提起されている治療法の一つです。現在、この『認知行動療法』の有効性が広く、深く認識されるようになり、精神科の先生方の学会でも、この療法について話したり・聴いたりしなければ学会に参加した意味が無いと思われるほどになっているようです。私自身も以前、その広がりの一端を見聞するこんな経験をしたことがあります。
~私の家の近くに慶応大学のキャンパスがあるのですが、その入り口には守衛室はありますが門扉は無く、一般市民が誰でもフリーパスで出入りできます。ですから入る(入学する)には早稲田と双璧をなす日本最難関の私立大学なのですが、敷地に入るのは実に簡単で、私のような凡人でもスーイスイと入れてしまいます(笑)それで、私にとっては絶好の緑地公園で、格好の散歩コースになっています。
2年半ほど前のある休日の午後のことでした。いつものようにフラリとその慶応「緑地公園?」に散歩に出かけたのですが、構内の一角の掲示板に貼られていたポスターが私の目を釘づけにしました。そのポスターには大きな文字で「落ち込む前に、おちこまない?!」と書かれていました。「何のポスターだろう?」と思ってよく見ると、それは 学生相談室のポスターで、「認知行動療法を学んで、ストレスに負けないスキルを身ににつけよう !! 」という学習会の開催を知らせるポスターでした。即ち、「認知行動療法」は今や専門病院やクリニックの垣根を乗り越えて大学の学生相談室にまで広がっているわけです。
 話を元に戻しますが、『いかりの綱』というのは、そういう『認知行動療法』の一環として提起されている治療法の一つですので、これを学び、実践することも依存症の治療を進める上で大きな力となることでしょう。そこで、当院の性依存症教育プログラムで使用されているワークブックから当該部分をコピーして同封しますので、是非読んでみて下さい。

 話はかわりますが、お手紙の中で20代になってからののボランテイア活動について 「・・・自分は『若い内にできる自分発見の場』と考えていたので、苦無くボランテイア活動に取り組めました」と書かれています。Nさんにとってのアウトドアの良し悪しは別として、この思いは何事かに取り組む上での動機や意欲の大切さを示していると思います。「好きこそものの上手なれ」と言う諺がありますが、人は「好き」という動機・モチベーションをもって意欲的に取り組む事で、その好きな事に上達できるという意味ですね。そして、その好きな事を実行する事に苦痛を感じないという事はNさん自身が過去のボランテイア活動で体験している通りです。ですから、早い話が依存症治療を好きになれば、これはもう回復できない方がおかしい、依存症から回復できずに再犯を繰り返す方がおかしいとなるわけです。依存症回復者の方々からよく「依存症になって良かった」という声を聞きます。それは依存症になった事自体が良かったわけではなく、依存症治療に繋がり、仲間との学び・学び合いの絆が出来た事、現実社会では中々困難な真に人間的な人間関係を手にできた事を喜んでいるわけです。
ですから、Nさんも色々な学びや体験をとおして依存症治療を「好き」になってもらえれば良いなと思います。 
  
 まだ、私の依存症治療への動機となった体験談も書きたかったのですが、長くなりますので、それは次回以降にしたいと思います。梅雨が明けた途端に猛暑と言うか酷暑が襲来し、全国的に熱中症による救急搬送から死者までが増えておりますので、お体には重々注意してお過ごし下さい。Nさんの次のお便りを楽しみに、今日はこれで失礼します。

                     草々
        平成25年7月15日
          大石クリニック相談員 鈴木達也

Date: 2013/07/14/13:33:43 No.949