収監者との文通:Aさんとの往復書簡

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<A⇒鈴木>
前略
鈴木さん、お手紙届きました。
先ずは、お悔やみ申し上げます。何という言葉を書いたら良いのか、分かりません。こういう時に自分の無知さが嫌になります。うまく書けず申し訳ありません。
鈴木さんの手紙にあったように、「依存症と言う病気で命を縮めたり、犯罪で一生を台無しにしたくない」と私も思っていました。若い時には、刑務所なんて自分には関係のない場所、ギャンブル依存症になるなんてバカだな、なんでそこまでギャンブルをやってしまうのかななんて思っていましたが、時が過ぎバカラを覚えてからは、バカだなと思っていた依存症になり、関係無いと思っていた刑務所にも来てしまいました。刑務所も一度で懲りれば良かったのですが、懲りずにバカラに嵌り、今は6度目の刑務所です。同じ罪をくり返しているので、刑の長さも回を重ねる度に長くなり気づけば10年以上刑務所で過ごしています。正確に書くと、今回の受刑生活が終わると15年になってしまいます。改めて15年を考えると非常にもったいない時間です。
「若い時には考えもしなかった生活を今は送ってしまっているのだな」と痛感してしまう手紙の内容でした。そして後悔という想いも心の底から込み上げる文章でもありました。後悔の想いを忘れない為にノートに書き写しました。忘れそうになったらノートを開き、この想いを思い出し後悔の無い生活をこれからは送って行けたらと強く思いました。
もう一つ印象に残る内容がありました。それは、「依存症の病的欲求との闘いでは100点満点の100点でなければ合格できません」との部分です。読んでいて本当にそうだなと感じました。どんなに長い期間窃盗をしていなくても、たった1度窃盗をしただけで捕まります。ギャンブルにしても、捕まらないだけで又ギャンブル漬けの生活に戻る確率が非常に高くなります。そうなると真面目に生活をしていた努力が一瞬にして水の泡となってしまいます。そうならない為にも、常に100点満点を取り続けて行かなければいけないのだなと思いました。
ギャンブルは捕まらないと書いてしまいましたが、現在国内でのバカラ賭博は違法ですので捕まります。つい先日も渋谷でバカラ賭博店が摘発されていました。結構お客は捕まらないと思っている人がいますが、そんな事はありません。20年くらい前は事情聴取だけで終わる時もありましたが、今は10日~20日程拘留されて、罰金30万くらいが通例です。-補足説明でした。
私の出所まで、2年近く刑が残っていますが、この2年で依存症の勉強を今まで以上に続け、出所後の生活に役立てられるようにしたいと思います。外での誘惑に堪えながら、100点満点を取り続けて行こうと思います。
それと、読書感想文ですが、私の読みたい本は人気があるらしく、未だに借りることが出来ていません。借りれたら感想を手紙に書いていきますのでしばらくお待ち下さい。
これから本格的に暑くなって来ると思います。体を壊さぬようお体をご自愛下さい。
草々
平成26年5月9日(金) A

<鈴木⇒A>
A様
拝啓
Aさんこんにちは。横浜もだんだん気温が上がって来て、春というより初夏に近い陽気になって来ました。この先うっとうしい梅雨から暑い夏へと向かいますので、それに負けないようにと心の準備をしているつもり(笑)の今日この頃です。
5月9日付のお手紙14日に届きました。毎月届くお手紙をいつも楽しみにしており、嬉しく読ませてもらっています。有り難うございます。
さて、先ずは、義弟への温かいお悔みの言葉を有り難うございます。見ず知らずのAさんからまでお悔みの言葉を頂き天国の義弟もさぞかし喜んでいることでしょう。
ところで、お手紙冒頭で、「何という言葉を書いてよいのか分かりません」と書かれていますが、昔、母が言っていたところによれば、弔意を示すには、その気持ちが伝われば良いので言葉は短くて良いそうです。あまり考えずに、気持ちをこめて、「この度は突然の事で・・・ムニャムニャ」で良いみたいです。「ムニャムニャ」というのは相手に聞き取れなくても良いという意味で、まぁ、つぶやくように「何と言って良いのか、言葉もありません」といった程度で良いそうです。明瞭に話すより小声の方が悲しみの気持ちが伝わるということらしいです。ですから、お手紙の冒頭の弔意はこれで十分です。
因みに、ネットで「弔意の言葉」を検索してみたら、やはり母が言っていたのと同じような事が書かれていました。中には「何も言わなくても良い」というサイトまでありました。斎場の受付で静かに頭を下げ、ハンカチで目頭を拭うだけで悲しみの思いが伝わるみたいです。でも手紙の場合は何も書かないわけには行かないので、やはり「言葉もございません」になるのでしょうね。

前回の手紙に書いた「依存症試験では100点満点でなければ合格しない」との話にAさん自身の骨肉の体験での共感を頂きました。そして今後も依存症の勉強を深め、出所後も100点満点を取り続けるとの決意も手紙で表明されています。私も是非そうして欲しいと思います。
ただ、その一方で一つ問題があります。100点満点を追及する完璧主義が依存症の一つの大きいな原因になっているという問題です。確かに依存症者には、元々は完璧主義者というか頑張り屋さんが多いですね。Aさん自身、自分で自分をどう思われますか?刑務所内で簿記3級、2級をクリアされて次は1級、そして公認会計士まで目指しており、趣味も多く多岐にわたっている。そういう自分を相当な頑張り屋だと思いませんか?
依存症者というのは、一般には意志の弱い人格障害者と思われがちなのですが、それは依存を止められないという病気の症状にだけ目を奪われた世間的誤解であって、本来的には依存症者というのは何でも完璧にやり遂げなければ気が済まず、その意味で意志の強い人が多いですね。それは、私がこの業界に身を置いての19年を通しての実感でもあります。そういう完璧主義の努力家がなぜ依存症になり易いかと言えば、完璧を求めての頑張り過ぎから来る疲労、イライラ感、周囲との軋轢、各種ストレスの蓄積等々が依存対象への逃避欲求を呼び、それが依存症に繋がるからです。ですから、この完璧主義にメスを入れ、いわゆる「過ぎたるは及ばざるが如し」の状態から脱するのも依存症治療の重要な一環となっています。
さて、それでは、依存症試験で完璧の100点満点を取る課題はどう考えたら良いのでしょうか?完璧主義で絶対にバカラに行かないと頑張っているとその我慢による疲労やストレスが蓄積して、それがバカラ欲求を刺激して、「じゃー気晴らしにバカラに行こうか」となったら、それは本末転倒もよいところで、元の木阿弥に戻るだけですよね。第三者から見れば笑い話みたいな結果になってしまいます。それではどうすれば?・・・答えは・・・ 『外の世界での多種多様の誘惑を、完璧主義ではなく完璧に克服する』ことで依存症試験での100点満点を取るしかないでしょう。では、その為にどうすれば?そのヒントになるのが今のAさんの生活だと思います。 今Aさんはバカラ誘惑を遮断してくれている刑務所の塀の中で生活しています。塀の外は誘惑の鉄砲玉が飛び交う戦場のようなもので、刑務所というのはその戦場の中に建てられた要塞のようなものですよね。今Aさんはその要塞の中に立てこもって誘惑鉄砲玉から守られて安全に生活しています。つまり、バカラの誘惑に欲求を掻き立てられることなく楽に平穏な毎日を送っていますよね。ですから、このまま生涯にわたって刑務所という要塞に立てこもり続ければ、バカラに行かない100点満点が完璧に保証されますよね。別に完璧主義で誘惑との苦しい闘いをする必要もないわけです。
しかし、だからと言って生涯この要塞に立て籠もるわけにはいきません。Aさんだって可能な限り早く出たいですよね。少なくとも満期が来れば入った時とは逆の強制力で出されてしまいますよね。では出所した後、刑務所の塀に代わってバカラ誘惑を遮断してくれる塀はないだろうか?と、私も一生懸命考えました。そして一つだけ、これしかないだろうという塀をみつけました。刑務所のコンクリートの塀に代わってバカラ誘惑を遮断してくれる塀、それは人間の塀、つまり人垣です。ギャンブル依存から脱する為に仲間とスクラムを組んでいる人達の人垣です。この人垣の中に身を置くことで、「えっ、バカラ?まさか行け「るわけないよ」という思いになり、その思いがバカラ欲求を抑えてくれます。そして、欲求が抑えられるから楽に「断バカラ」・「断窃盗」を継続できるわけです。結論的に言えば、刑務所の塀に代わる仲間の人垣の中に身を置き、かつ今続けている依存症の勉強の内容を外の世界で実践することで、病気に支配されるのではなく、病気を支配する生活を続けるなら、依存症試験での100点満点も楽に取り続けて行けるでしょう。それが決して不可能でない事を人垣の仲間達が「論より証拠」の生きた姿で教えてくれます。

今回は、何だか理屈っぽい話になってしまいました、色々と取り留めのない長い話になってしまい申し訳ありませんでした。この辺で止めておきます。 読書感想文も楽しみにお待ちしています。
それでは今日はこれにて失礼します。この先、蒸し暑い季節へと向かい不快指数も上がって行くと思いますが身も心もそれに負けないようにご自愛下さい。

                                                                           草々

平成26年5月17日 大石クリニック相談員 鈴木達也