収監者との文通:Mさんとの往復書簡
<M⇒鈴木>
前略
お手紙、ちゃんと届いています。連休などの事情で多少のズレはありますが心配しないで下さい。気に掛けて頂き有り難うございます。
・・・・気候の話・略・・・・
今回のお手紙を頂いて、まず思ったことは、とても気が楽になりました。当たり前ですが、完全に不安を取り除くことは出来ないが、すこし和らいだ。確実に一歩一歩、自分の中の考えや、考え方、生活の仕方など前進しているのが解る。このまま継続して行きたい。
また、誘惑に打ち勝つ ! という事でなく、そのことを考えないような生活を送りたい。今、タバコや酒が無いのと同じように、そう思ったり考えたりしないような生活ができるようになれば良いのですが、考え過ぎたり、駄目だ駄目だと思ったり考えているとその事ばかり頭で考えてしまい、それこそ素手で闘うようなもの。
前の自分よりもきっと今の自分の方が理解は出来ている。これだけでも十分今までの努力は報われる。気持ちがスッと少し楽になりました。有り難うございます。
あとは、焦ってはいないが、ここ何年かで世の中が凄く変わってきているので不安になる。(社会復帰後の生活とか仕事)など) 今後の生活や両親の事なども同じ。ただ、体は頑丈で健康なのでどうにでも動けるので、その辺は何の問題も無く、心配することはない。
社会復帰後は、しっかり働いて両親を助け、依存症の通院とミーテイングなどに参加させてもらい、2度と同じ過ちを犯さないような生活を築きたいと思う。そして心の支えとなる仲間を作り、強い絆を作り、前向きに生きたいです。残りの人生を無駄なく精一杯生きます。まだまだ油断なく、自分に負けないようにする為に力を貸していただけると心強い限りです。今後とも宜しくお願い致します。
そろそろ梅雨入りでジメジメして来て不快な時期、この2ヶ月ほど春を感じてきたが、間もなく夏、そして猛暑へ。季節の変わり目なので、くれぐれも体調にお気をつけてお過ごし下さい。ではまた。
草々
<鈴木⇒M>
M様
前略
いよいよ梅雨に入りました。蒸し暑くうっとうしい季節ですが、そちらはいかがでしょうか?
さて、お手紙10日に届きました。今回のお手紙では、自分自身の考え方や生活の仕方などに一歩一歩の前進を感じられる事への喜びの言葉が述べられています。そして出所後に向けて、自分自身や両親のために依存症治療の為の通院やミーテイングへの参加、心を支え合える仲間との絆作りを進める決意を述べております。今のこの思いを忘れずに維持して出所後の生活につなげてほしいと思います。
今回のお手紙では、各種依存症の新しい治療法(カウンセリング法)である「認知行動療法」にも通じる文面が書かれています。
『誘惑に打ち勝つ ! という事でなく、そのことを考えないような生活を送りたい。今、タバコや酒が無いのと同じように、そう思ったり考えたりしないような生活ができるようになれば良いのですが、考え過ぎたり、駄目だ駄目だと思ったり考えているとその事ばかり頭で考えてしまい、それこそ素手で闘うようなものです』
と、書かれていますが、では「そのことを考えないようにする為にはどうすれば良いのでしょうか?「認知行動療法」で使われている用語で、「いかりの綱」という言葉があります。船が潮流や風に流されて危険な水域に漂流しないように海底に錨(いかり)を降ろしますよね。それと同じように、依存症者が依存の対象である、アルコールやギャンブル、薬物、性的問題行動・犯罪・・・などの誘惑の落とし穴が待ち構えている危険な場所に近ずかないように、心を安全な場所につなぎ止める方法を「認知行動療法」では「いかりの綱」と言っています。例えば、満員電車での痴漢行為を止められない性依存症者がバイク通勤に変え、同時に悪い誘惑に代わる楽しみを持ち、実行するといった事を「いかりの綱」と言っています。痴漢のことを考えないようにしようと思っても、そう思っただけでは、やはり中々難しいわけで、気がついたら心が痴漢の誘惑に引っ張られている状態になりがちなので、痴漢行為を考えない為の方法を実行する必要があるわけですね。
大石では初診後4ヶ月の教育ミーテイングにこの「認知行動療法」を導入しており、毎回のミーテイングで参加者がそれぞれの「いかりの綱」の実践を報告し、お互いの力になりあっていますので、期待し楽しみにしていて頂ければと思います。
認知行動療法は、元々はうつ病のカウンセリング法として開発された精神療法なのですが、各種依存症治療への導入によってもそのエピデンス(効能)が証明され、今世界的な広がりを見せている治療法です。その依存症への効能は自助グループにも匹敵すると言われる中で、現在では医療機関のみならず、刑務所内での再犯防止教育にも認知行動療法が導入され、依存症を原因とする薬物犯や性犯罪受刑者を対象に実施されています。また、大学の学生相談室などにも学生のストレス防止法として認知行動療法が普及しております。このように依存症においても新しい治療法が開発され、普及しておりますので希望をもちながら、まずは施設内での今の自己改革の道を歩み続けて欲しいと思います。
お手紙ではまた、中にいる何年かの間の社会の変化への不安についても述べられていますが、それは外に出てからの生活への慣れと時間が解決してくれる問題だと思いますのであまり不安に思わなくても良いと思います。お手紙にも書かれているように体が頑健で健康だそうで、それが第一ですので出所後も希望を持って焦らず一歩一歩の道を歩み続ければ良いと思います。
それでは、今回はこれにて失礼します。この先、暑い作業場での暑い季節の作業になりますので、くれぐれも事故の無いよう注意して下さい。
草々
平成26年6月11日
大石クリニック相談員 鈴木達也
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