収監者との文通 Mさんからの手紙
収監者との文通
Mさんからの手紙
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前略
猛暑の中いかがお過ごしですか?こちらも只今猛暑中です。特に私の居る炊場は大変で熱気がこもる中、皆大汗をかきながら作業しています。私が任されている、おかずやスープなどを作る大釜の前は特に蒸気が高くボーっとしてフラつく程の熱気で、油断すると大事故になってしまうので、しっかりと水分を補給し、無理しないでミスなく、怪我なく、力を合わせて作業しています。
さて、報告があります。漢字検定の結果が出ました。96点で無事合格できました。それと通信教育(簿記2級)の公費による受講の募集があり、私はチャレンジしようと応募したところ、受かり受講を始めました。ただ、私は3級も受かっていない身ですが・・・。手元に資料が届き、見た瞬間、難しくて投げ出しそうになった・・・。 が、一つ一つ頑張って行こうと思います。6ヶ月間勉強漬けです。
さて、前回の手紙の件ですが、集中力というか理解力というか、私も一つ一つできる限り確認をしっかりと指差呼称しながらしている筈ですが、ミスする時はその確認すら忘れているというか頭に入っていない感じでした。頭に入っていないのです。後で考えたらアレッと気づく時もあるのですが、その時は何も感じていない状態です。人から注意を受けて気づくこともある程です。
私が犯した事件にもかかわることです。それをしたら駄目という事がその時は分からない。人から注意を受けて、してはいけないと気づくこともあった。言葉でここまで言うと相手に対して脅しになるとか、・・・その時は何も考えていないというか、頭の中の半分では分かっているが飛び越えちゃっている部分もあると思うけど半分は考えないようにしていたのかも知れない。そういうのの積み重ねか、考えない自分がいる。勉強が苦手で、特に数字が嫌いで逃げてきた。やろうとしても集中も出来ないし、理解するのに時間がかかるのでほっぽり出してしまう。昔からそうだったのかも知れない。でも、今はそれを治したいと思っている。勉強も、だからこそ簿記を続け、苦手を克服したいと思う。
何事につけ、考える努力をしようと思う。安易に逃げないで向き合わなくては繰り返してしまう。慎重に集中し、困難を困難と思わないように心掛けてみようと思う。後は自分の心に負けないようにします。人に言われて気づく前に気づくようにしないといけないですね。今以上にもっと自分を慎重に集中させ事をかまえなければならない。また一つ目標が出来ました。今日から頑張ります。
お盆も過ぎ、9月に入りますが、まだ残暑が続きます。身体に気をつけて、御身大切になさって下さい。
草々
Date: 2013/09/13/19:06:14 No.976
Re:収監者との文通
Mさんへの返書
M様
前略
お手紙11日に届きました。いつもありがとうございます。
先ず、何よりも漢字検定試験の合格、おめでとうございます。そうですか!! 96点ですか!! 凄いですね。勉強の努力が報われましたね。この喜びを今後への糧として下さい。私も蔭ながら、微力ながら、応援させて頂きたいと思います。
さて、お手紙の中で、事件を起こす前に「それをしたら駄目という事がその時は分からない」とお手紙に書かれていますが、それはMさんに限らず依存症者全体に共通する症状のように思われます。以前にも話したかも知れませんが、依存症の症状の一つに「自動思考」と言うのがあります。依存症による病的欲求に襲われた時、脳が意志や理性、過去の反省などの全てを忘れ、思考が問題行動や犯罪の方向に一人走りしてしまう事を「自動思考」と言います。Mさんも事件を起こした直前、頭の中がそんな感じになっていませんでしたか?依存症は「忘れる病気」とも言われていますが、この「自動思考」もその原因の一つと言えるでしょう。その対処法について大石の教育ミーテイングでは「思考ストップ」法という方法を提起しています。意識的に思考をチェンジするとか、手首に巻いた輪ゴムをパチンと弾いてその痛みで我に帰るとか、誰かに電話するとか、ヤバイと思った瞬間に心をリラックスさせる思考や行動を予め準備しておくとか・・・といった方法なのですが、それを皆で学びあい、必要に応じて実行てし、その体験を教育ミーテイングで報告して、「思考ストップ法」を皆で学びあうわけです。Mさんも出所後大石に通院して、是非この学びの輪に参加して欲しいなと思います。
お手紙では又集中力や理解力を高める為に、安易に逃げずに、考える努力をしたいと書かれて、簿記の勉強もその一環だとされています。そして、その為に困難を困難と思わないように心掛けたいと書かれています。これは素晴らしい決意だと思います。ただ、それによってストレスや疲労をためる結果になってしまうと目指す所と逆の結果も出かねないので、その点だけ注意して欲しいと思います。
困難を困難と思わない為には、
①自分の課題を好きになる事で課題の実行を楽しむ事。
②課題達成への段階的な目標を持ち、一つ一つの目標到 達の度に達成感という喜びを感じてそれを①に繋げる 事.。
③困難に直面した時にそれを克服する為の方法や支援の 手が何処にあるかを予め認識しておく事。
等々が大事かなと思います。私自身の若かりし頃の受験勉強や、アルコール依存症との診断から今日に至る経験から上記の①~③が頭に浮かびました。
私は、大学受験を1年後に控えた高3の春、外国語の受験科目を勝手にドイツ語に決めて勉強を始めました。
英語で落ちこぼれていた私は、1年後の受験に向けて中1の英語からやり直すのに嫌気がさして、もっと新鮮なのが無いかと受験雑誌をパラパラと捲っている内にドイツ語受験が可能な大学・学部が目に入り、「よっしゃ、これだ、これにしよう!!」と瞬間的に決めてしまいました。ドイツと言えば、ヒットラーというとんでもない独裁者を生んだ国ですが、それはむしろ例外で、歴史を遡ればベートーベン、ゲーテ、マルクス、アインシュタイン・・・等々、小学生でも知っているような芸術や文化、科学などの分野での偉人を排出して来た国です。そういう偉人達の原典を原語のドイツ語で読めたら・・・と思ったら、もう胸がワクワクといった感じでした。でも、スタートはもちろんA、B、C・・・アー、ベー、ツエー、・・・の基礎の基礎からでした。これで1年で大学入試に挑戦する無謀さは自分でも痛いほど分かっていました。しかし、それでも、やってみたいとの思いの方が強かったんですね。NHKラジオの毎朝7時からの「ラジオ・ドイツ語入門」という番組にかじり付いてのスタートでした。もちろんクラスメートは皆英語での受験を目指して必死に勉強していました。ドイツ語受験なんていう変わり種は私一人でした。その結果、当たり前なのですが、ドイツ語では私がクラスで一番、優等生???というわけで、錯覚と分かりながらも頭のどこかで優越感を感じていました。それがドイツ語を勉強するというよりもドイツ語を楽しむという感覚につながったように思います。そして、1年後のドイツ語受験の結果は、さすがに第一志望はダメでしたが、どちらでも可と考えていた第2志望の2校には合格できました。その2校も落ちるだろうと思って一浪を覚悟していた私にとっては上々の結果だったと思います。あの受験勉強以来の今日に至る数十年、私の頭の中には 「好きこそものの上手なれ」という格言が染みついています。大学の卒業式で校歌を歌い、社会人として巣立とうとしていた時、これからはドイツ語とは趣味として付き合う時間も無いだろうなと思っていましたが、何と、なんと、卒業から4半世紀が過ぎた時、アル中の診断を受けてこの病気と向き合い始めた時、私の視界に「医学の国のアル中治療」とのテーマを掲げたドイツメデイアのドイツ語が飛び込んで来て、翻訳に没頭する「第2の学生時代」がやって来ました。そして、それも自分自身のアル中治療を好きにする要因になったと思います。そんな形で断酒の道を歩んできた今、やっぱり 「好きこそものの上手なれ」なんだなと深く感じ入っています。
Mさんも、どうか簿記の勉強を好きになって下さい。「簿記2級の資格が取れたらどんなに嬉しいことか !! 」、「2級が取れれば1級も夢ではなくなる !! 」、「そしたら、こんな、あんな仕事をしてみたい」・・・・との思いが簿記の勉強を好きにしてくれるでしょう。 ただし、好きだからと言って勉強し過ぎて疲れないようにお願いしますね。依存症の人って本当に頑張り屋さんが多いんです。それで疲れてストレスがたまって依存に走り依存症になってしまうんです。依存症者というのは本来は意志が強い人が多いですね。もっと正確に言えば、意志が強過ぎるんです。それが災いして依存症になっている人が非常に多いです。一見意志が弱く見えるのは、依存症の結果としての依存を止められないという病気の症状しか見ないからで、本来は意志が強過ぎるくらい強い人が多いというのが、18年間この業界に身を置いている身としての実感です。
おっとと・・・、とりとめなく書いていたら、長くなってしまいました。申し訳ありません。私も頑張り過ぎないようにこの辺で失礼します。
横浜ももう少し残暑が続きそうで、今日も30度を越えています。でもそろそろ季節の変わり目ですのでお互いに身体に気をつけて行きましょう。
草々
平成25年9月14日
大石クリニック相談員 鈴木達也
Date: 2013/09/13/20:06:55 No.977